論文メモ 呪いの口伝え 春錦亭柳桜口演『四谷怪談』における巷説の表象

斎藤喬による論文。

問題設定

明治29年に出版された落語家春錦亭柳桜口演『四谷怪談』を対象に、その物語内部において「お岩の祟り」がどのように伝播しているかを考察する。

要約

  • 柳桜口演『四谷怪談』においてお岩の呪いの文句は人から人へと口伝えで広がっていく。そしてお岩の呪いが左門町中に知れ渡るに至っては、お岩の言葉を耳にしていなくても、彼女の呪いを知っているだけで祟りに巻き込まれる可能性があるため、左門町の登場人物たちはお岩から縁遠い者でも決して安心できない。そして寄席にて語られたこのお岩の呪詛は、柳桜の口によって聴衆にも伝えられることになる。

  • 口演の結びにおいて、柳桜は、お岩の魂を鎮めるべく墓所への参詣を聴衆へ呼びかける。お岩の祟りの実在性と、お岩の怒りが明治29年においても収まっていないことが示される。

  • 柳桜の『四谷怪談』の口演速記本の中で、探偵小説家多田省軒による後書において語られた出版経緯、天下の耳目を喜ばす目的ではなくお岩の祟りの実績を伝えて世を益することによって、「神怒」は受けず代わりに「神護」を得るという内容もまた、落語の中での現実性・実在性を出版物に敷衍し、強調している。

  • 口演速記『四谷怪談』は、呪いの文句を聞いた誰もを「安心できない」宙づり状態に陥れ、そこから実在するお岩の墓所へと参拝するところまでをつなぐ架け橋となっている。言い換えれば、読者及び聴衆が自分から巷説の表象に参与する方途を示すことによって、お岩の祟りの被害者の位置に接近できる可能性を担保している。

  • これはつまり、「怖いもの見たさ」を享受できる寄席の娯楽として怪談噺が成り立っているというだけでなく、そこから物語に参与した者たちが新しくお岩の呪いの媒介者となることで、さらなる巷説の伝播に一役買うことができるようにテクスト内部で組織化されているということになるだろう。


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