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自分らで田辺をおもしろく!熊野米から広がる可能性

「おもろいことないんやったら、自分らで作ったらええ」

田上雅人さんの肩書は実に多岐にわたる。昭和19年創業の米穀店『株式会社たがみ』を営む傍ら、田辺・弁慶映画祭、弁慶祭り、イルカふれあい事業など、様々なイベントや事業、あらゆる職種の人と関わり、常に新しいことに取り組んでいる。その根底には、「おもろいことないんやったら、自分らで作ったらええ」という精神がある。

和歌山県には日本一のまぐろの水揚げ量を誇る那智勝浦町があり、醤油、酢の名産地もある。あとは地元産のお米があれば、全て和歌山産のにぎり寿司ができるじゃないか。「田辺オリジナルブランドのお米、ないんやったら作ったらええ」そんな思いから、熊野米が生まれた。

しかし、米の卸売業が米を作る、農業に取り組むというのは当時としては例のないことで、周囲からの反対も多く孤立したスタートだったという。それでも、人との出会いが田上さんの心を突き動かし、熱い思いが徐々に広がり、多くの人を巻き込む熊野米プロジェクトへと繋がっていった。

熊野米ができるまでには、廃棄されることが多かった梅の調味液を除草剤の代わりに使用し、さらに梅の木くずや給食の残菜を発酵させた堆肥が使用されている。できあがったお米からは日本酒ができる。米も酒も水が大事。となれば、木を植え山を豊かにし川もきれいにしよう。植えた木は備長炭の原材料にもなる。こうして地域全体を巻き込んでの”循環”が実現していった。

「おもろいこと」は自分だけで楽しむものではなく、みんなで作っていくからこそ、田辺という街全体がおもしろくなっていくのだ。

おいでよいこらよFBページ掲載の写真

令和2年、和歌山県の優良県産品「プレミア和歌山」に認定された熊野米

黒い点とバネ ~人生を変えてくれた出会いとは…

多くの人から頼られ、アニキと慕われる田上さんだが、昔は人が大嫌いだったという。若い頃は人の嫌な面、ダメなところばかりに目がいっていた。そんな田上さんを変えたのも、人との出会いだった。

19歳の頃、修業先の上司から真ん中に黒い点を書いた白い画用紙を見せられた。「何が見える?」と問われ「黒い点」と答えると、「回りにいっぱい白いとこあるやろ。回りを見とったら黒いとこなんて気にならんやろ」と教えられる。そこから人に対する見方が変わった。人の良いところを積極的に見るようになっていった。

熊野米に取り組み始めた頃、思うように進まず精神的にもしんどかったという。そんな時に声をかけてくれたのが那智勝浦町の『株式会社ヤマサ脇口水産』社長、脇口光太郎さんだった。「今は我慢のとき。バネは押せば押すほど沈むやろ。ちょうどそんな状態。いつかハネる時がくるから。押された分だけ強くハネるから、がんばれ」と、泣きながら話してくれた脇口さん。人のために涙を流してそう言ってくれることに田上さんは心を動かされた。

「苦労してきた人、壁を乗り越えた人ほど『やり続けたら絶対できる』と言ってくれる。そんな人たちとの出会いが自分を育ててくれた。諦めずにやり続け、どんな時も前向きで、自分たちで楽しいことを作る『カッコええ大人』でありたい」と田上さんは思うようになった。

出会いは宝。熊野米プロジェクトが活動を開始してから13年、少しずつ応援してくれる人が増え、誠実に一歩一歩進めてきたものが着実に実を結んできた。そして今なお、さらなる可能性を広げようとしている。

田上さんからお借りした写真

田上雅人さん(左)と脇口光太郎さん(右)

田辺から世界へ ~100年企業を目指し未来をつくる

約1年の準備期間を経て、いよいよ2021年2月からソフトバンクと連携したIOT事業が本格化する。契約農家に専用の機器を設置、苗作りから収穫までの地温や降水量、日照時間などのデータを計測。今後3年間に蓄積されたデータから熊野米の栽培マニュアルを作るという新しい取り組みだ。マニュアルを活用することで、安定した品質が期待できるようになる。「これから新規就農を目指す人、自分のところで勉強したいという人たちには、のれん分けのようにしてデータを共有していきたい」と、自身が農業を始めたときの苦労した経験があるからこそ、田上さんは後に続く人の道標にもなっている。

これまでの活動を通して、休耕田を引き受け、作付け面積も増えてきた。リゾットや甘酒など商品開発も手がけ、特に缶入りの熊野米パンは、お土産や災害用保存食としても注目されている。台湾の高級スーパーへの輸出実績もある。生産から流通まで、農家と消費者を繋ぐ熊野米プロジェクトの事業は、他県からの視察や海外からのオファーもあるという。

ゆくゆくは海外展開にも力を入れていきたい。目標は“100年企業”。「100年続く米穀店を作ること。そのためには、やはり地域で愛されることが一番大事」だと語る田上さん。未来を創るために、今できる目の前のことを大切にしている。

地元の人はもちろん、新たに田辺に移り住む人、新規就農を志す人、誰もが彼を頼りにする。田辺を愛し、どんな時も楽しむことを忘れない「かっこええ大人」の姿がそこにある。

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田上さん(中央)と熊野米プロジェクト、契約農家のみなさん

文:杉原 智子
写真:永井 克(1, 4枚目)、田上 雅人(2, 3枚目)


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