個人性と普遍性

「あなたが月を知り尽くすということは、犬を飼い慣らすということで、その月であり犬はいずれ馬となり、あなたと一体となり、あなたを故郷である星へと導きます。」これは知識によって理解するものではなく、なぜかハッとしてグッとくるというのが、普遍的であるということです。月が犬で馬だと言葉が変わっても「わかる」というのは、頭だけでなく胸も働いているからです。

夢を解釈するとき、これは自分らしい象徴なのか普遍的象徴なのか、というのも知識ではなく、胸が開発されることでわかります。言葉が変わっても理解できるというのは、夢の表現方法が変わっても理解できるということで、それは胸が働くことで可能になります。たとえば私の場合、女性性の影が投影されていた妹がマツコに変わったとき、影がちょっと普遍化したな、とわかりました。マツコに変われと思っていたわけではないし、ふと出てきたマツコに対して、これは妹だったものだな、とわかったということです。これはあくまでも私らしい表現方法ですが、これがもっと普遍化するとマツコも登場しなくなり、母に統合されます。今ではマツコも登場しません。

夢はその人にしかわからない、けれど普遍性とは人類が共有するものです。個人性と普遍性、その区別ができてくるといいです。

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