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【寄稿】ファシリティマネジャーの仕事(JFMAジャーナル208号)

日本ファシリティマネジメント協会の機関誌『JFMAジャーナル208号(2022年10月発行)』に寄稿した文章です。

ファシリティマネジャーの仕事について、機関誌を購読している方だけでなく、広く知ってもらいたいという意図のもと、noteに転載させていただくこととなりました。

今回のお願いを快諾いただいた、日本ファシリティマネジメント協会の皆さま、本当にありがとうございます。このnoteが、どなたかにとって、ファシリティマネジメントの仕事に興味をもってもらえる機会になれば嬉しいです。

以下より寄稿した文章を転載します。

ファシリティマネジャーの仕事 -人と向き合い続けることをあきらめない-

建築実務からファシリティマネジメントに至るまで

ファシリティマネジメント(FM)とは、「人と向き合う仕事なんだ」と思い至るまで結構な時間がかかった。その背景を自身の経験を通して振り返りたい。個人のキャリアと価値観の変化を伝えることで、読者にとってのFMを考えるきっかけになれば嬉しい。

高専の建築学科を卒業し、オフィス家具メーカーの建材部門に就職した。具体的な仕事は、オフィスの新築や移転プロジェクトにおける建材納品の施工管理。いわゆる現場監督である。お客さまとの出会いや打ち合わせも楽しかったが、工事現場で職人さんと交流し、ものが作られていく過程が特に楽しかった。当時は、現場や工事の知識を備えた設計者になりたくて、施工管理をしながら一級建築士の資格を取得しようと勉強をしていた。

一級建築士になれたとき、自分のありたい姿が変わっていることに気づいた。実務を通じて、複数の関係者とコミュニケーションを取りつつプロジェクトを進めることに喜びを感じていた。自分自身で設計するよりは、関係者がより専門性を発揮できる場をつくることが楽しい。より多様な関係者と協働できる建築工事で、プロジェクトマネジメントをしてみたい。そんな価値観の変化に気づき、転職を決意した。

転職活動を経て、航空会社の建築部門へ入社した。インハウスのプロジェクトマネジャーとして、商流でいえば以前より上へ、役割でいえばより多くの関係者とプロジェクトを進めることになった。担当したプロジェクトは、自エアラインが賃借する空港施設の改修、空港ラウンジの震災後復旧があげられる。

このキャリアでは、施設の契約管理業務にも関わったことでFM という概念を知ることになる。FMとは経営活動のひとつである。FMには自分が行うプロジェクトマネジメント業務も含まれており、もっといえば新卒入社した会社で担当した工事は、お客さまの企業におけるFM戦略の手段のひとつであったと気づいた。視野が一気に広がり、自分のキャリアが線でつながったタイミングである。

インハウスFMを深掘りし、よい発注者とはなにかを問い続けた

現在、LINE株式会社へ転職して約4 年になる。転職時が30 歳の節目だったこともあり、この先深めたい道を徹底的に考えた。LINEのファシリティマネジメントチームは、自社ファシリティの企画、オフィスの新築・移転のプロジェクトマネジメントや、オフィスの運営・維持管理を担っている。入社以降は、コロナ禍やZホールディングス株式会社との経営統合といった出来事も重なり、チームメンバー全員で未知の課題を解決してきた。

FMの仕事をするなかで考え続けてきた問いがある。「よい発注者とはなにか」。その答えに辿り着こうとするプロセス自体が、自身の行動をかたちづくっていた。社内における行動でいえば、自社の経営方針とユーザーの要望といった両面のバランスを取るために、多くの関係者と議論を重ねる。社外でいえば、自社オフィスのありたい姿を適切に翻訳し、期待を超える提案をいただき、言葉のコンセプトを具体的な図面や形にしていく。

自分なりの「よい発注者」になるために試行錯誤し、失敗と内省を繰り返してきた。失敗した原因の多くは、「ファシリティやプロジェクトについて最も考えているのは自分だ」という思いが先行し過ぎていたことである。その結果、自分の描く答えに誘導し過ぎたり人と衝突してしまったり、協働するメンバーに頼らずに孤軍奮闘してしまうこともあった。

内省や対話を通して、よい発注者のあり方やFMという仕事とは、「人と向き合うことなんだ」と思った。相手の立場や関係性、感情といった複合的な要因があり、きちんと汲み取ること。そのために最も大切なスタンスが、相手も一人の人間であるという当たり前に目を向けることだった。ファシリティやプロジェクトの状況以前に、今話している相手は一人の人間であるということ。

ただ一人の人間として向き合うこと

言い換えれば、人に対する純粋な興味を持ち続けることでもあると思う。社内でいえば、関係する部署の担当者たちがどのような思いで働いていて、どんな理想を描いているのか。社外でいえば、担当者の理解度や感情の起伏、仕事に対するモチベーションといった個人の特性に目を向けて考察してみる。

ただ一人の人間として相手に興味をもち、自分の価値観との違いを面白がり、お互いが納得できる方法を共に考えることをあきらめない。これが現時点での、自分なりのFMという仕事であり、よい発注者のあり方である。

話は変わるが、2022年1月に子どもが生まれた。なによりもまず生きてもらう環境づくりに大切なことを突き詰めると、やはり一人の人間として子どもと向き合うことに行き着く。この表情と泣き方は、お腹が空いているサインだ。散歩でたくさんの刺激を浴びたから、今夜の夜泣きも必要な営みなのだろう。そのように、ただ一人の人間として向き合い、考察し続けていくこと。

ファシリティをつくるのも使うのも、感情をもつ人間だ。一方で、ファシリティ自体に感情はない。僕はファシリティマネジャーとしてファシリティのあるべき姿を考える仕事をしているが、そのためには人と向き合い続けることをあきらめたくないと思う。

著者プロフィール

田中 友貴
LINE株式会社
ファシリティマネジメントチーム マネジャー
認定ファシリティマネジャー

1988年、岐阜県生まれ。オフィスや官公庁施設における工事の施工管理を経験したのち、ANAファシリティーズへ。空港における建築工事のプロジェクトマネジメント、施設の契約管理業務に従事し、ファシリティマネジメント(FM)という職を知る。現在はLINE株式会社のFMチームで、3,000名規模のワークプレイス構築や本社移転、自社ファシリティ企画や維持管理業務に携わる。

いただいたサポートでボールペンの替え芯などを買いたいと思います。ここまで読んでいただき、どうもありがとうございました。