台湾ひとり研究室:映像編「TIDF2024鑑賞録-蔡崇隆《九槍》」
はじめて鑑賞中に目を閉じた。観ていられなかった。「しっかり観ろ」と迫りくる映像に抗うには、それしかなかった。
本作は、昨年の映画アワード「金馬賞」でドキュメンタリー部門の最優秀賞を獲得した1本。
2017年8月31日、川べりに集まっていた人たちのもとに、パトカーに乗った複数の警官がやってきた。彼らは全員、外国人労働者で、不法滞在だった。ベトナム出身の阮國非は、タイトルにあるように「9発」の実弾が打ち込まれ、現場で血まみれのまま放置された。救急車が到着したのは生き絶える直前だった。病院に移送されたが、そのまま息を引き取った。死因は失血死。まだ27歳だった。
映像は、「爬下」(伏せろ)という叫ぶ警官の言葉が、どうやら理解できていない様子まで映し出されていた。何発目かの弾を受け、苦し紛れに隠れようとしたパトカーの車内でさらに撃たれた。撃ったのは、警官になったばかりの新人。
目を背けてしまったのは、血まみれで苦しむ一部始終だ。
だが、その間の警官たちの会話は、死を迎えようとしている人を目の前にしたものとは思えなかった。同僚に訊かれた「何発撃ったんだ?」という問いかけに、最初は「5、6発」と言っていたのが、時間の経過と共に「6、7発」と増えていた。結局、そのどちらも違っていたのだけれど。
警官の家族、射殺された外国人労働者のベトナムの家族、弁護士、仲介業者、受け入れ業者……さまざまな関係者の声を追い、9発の弾で殺された彼が、どんな思いを抱えて台湾に滞在していたのか、彼のSNS上に残された詩と共に紹介された。
直接的に手をかけたのは警官だったかもしれない。銃撃した新人警官は、過失致死の罪に問われたが、銃の発射は正当なものだったとして上告。最終的には和解に持ち込まれた。
この一件だけではない。台湾のテレビでは、外国人労働者の関連報道が連日のように伝えられている。ベトナム、フィリピン、インドネシア、ミャンマー……23年末には合計75万人を超えたという。休みなく、安い給与で働かされる実態に抗議すべく、2003年から2年に1度、外国人労働者自身による大規模なデモ行進が行われている。
参考)https://news.pts.org.tw/article/681241
個人的に見聞きしただけでも、朝ごはん店、工事現場、漁港、農業生産者、フルールの加工工場、介護ヘルパー……日常的に接する機会がある。また、これまでに観た台湾のドキュメンタリーでも外国人労働者をテーマにした作品は、1本や2本どころではない。
蔡監督は上映後のトークで「観ている間、皆さんはきっと気分の悪さを抱えたと思います。それを感じてほしかった。台湾は民主主義の国だといわれるけれども、まだまだ改善の余地は大いにある社会です。どう改善していけるか、それぞれに考えていただきたい」と述べた。
くだんの映像を、どのようにして入手したのかについては、情報源の秘匿を理由に明かされなかった。監督は「もしそれが理由で逮捕されて刑務所に行くことになったとしても、刑期が何年になるかまで把握しています。ただ、現在まで訴えられてはいません」と覚悟を語った。
——本作の舞台は台湾だが、外国人労働者の話は、日本も無関係ではない。そのまま日本にも当てはまる。
日本では1990年の入管法改正以降、日系人や技能実習生という名目で外国人の入国が始まり、さまざまな現場で外国人が就労するようになった。技能実習生については制度の見直しが行われたが、「育成就労」という名にかわっただけではないか。
国家の境界線を越える移動は、各国でさまざまな課題があらわになっている。だが、まずもって出発点にすべきは、外国人労働者は、「労働力」ではなく「人」であるということだ。誰だって粗悪な扱われ方をすれば反感を抱くし、過酷な労働環境から逃げたくもなる。
国籍の違いは人としての優劣を意味しているわけではない。同じ人として生きていく道をどう見つけていくのか。その意味で、世界的な課題をしっかり見つめるための1本だといえる。
勝手口から見た台湾の姿を、さまざまにお届けすべく活動しています。2023〜24年にかけては日本で刊行予定の翻訳作業が中心ですが、24年には同書の関連イベントを開催したいと考えています。応援団、サポーターとしてご協力いただけたらうれしいです。2023.8.15