穴①
保育園か、幼稚園か。
どちらか忘れてしまったけれど、とにかくあの施設が大嫌いだった。
迎えのバスが来ると泣きじゃくって拒否した。
それでも無理やり押し込めようとする大人達の隙を見て、思い切り走って逃げた。
逃げ込んだのは空き地で、その日は月曜日だったかな。
そこで僕だけが見つけたのは、僕だけが見る事ができたもの、真っ黒くぽっかりと開いた穴だった。
嘘や隠し事、秘密に悪意。誰にも言えない犯罪まで、胃液と一緒に全部吐いた。その穴に全部吐き出した。
僕はそれで僕をなんとか保てていたのだと今になってみると思う。だからその後も僕は気が狂うこともなく生きていられたのだ。
しかし、ある日、穴は埋め立てられていた。その状態になった空き地を知ったのは別の月曜日の夕方だった。
穴の中に吐き捨てた思いに宿って、生まれ変わる時を待ってる悲しみの命がある。
人を殺めてもなおまだ抗う、この穴から生まれてく鬼の姿がある。
欲望のままに君を傷つけた。
あの日の僕の穴の中はまだ空いたままになっている。
消えた穴を探し回って、色んな穴をほじっていた。
人との交じり合いで知ったのは、卑猥で醜く素敵な穴だった。
それは、あの穴によく似ていた。
光のかたまりみたいに白く浮かぶ丸いもの。
それは空き地の穴にとてもよく似ていた。
だけどまるで違う白くて丸いものでもあった。
目を凝らして見た。恐る恐る触れた。包み込まれていく感触があった。
それはとても懐かしい物語で、読み聞かせてくれた絵本の始まり。記憶の奥に眠る穏やかで優しい光。
君の胸で泣いた日、空に丸く浮かんだ僕の胸にあいたそれを、それらを穴に投げ入れた。
しかし、思い切り走って勢いよくこけたその時に、潰れて消えてしまった。
まるでそれは僕に似ていて、いじけて膝を抱え泣いてた僕の姿。
コンビニの袋をぶら下げて歩く間抜けなその顔は、窓に写っていた。
はじめて君にキスをして抱きしめ、人肌の温もりを感じた時、近づけは近づくほどに決して交われないことを知った。
僕は目撃してしまった。
穴から出てきたあの子は、僕ををいじめているあいつだったと言う事。それから他にもにもたくさん出てきた。
ニュースで見たことのある人や、指名手配の犯人まで。
悪い奴ら全部この穴から生まれていた事を知った。
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