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ケの人

人から愛される人がいる。持って生まれた才能。
あこがれることはないけれど、なんかいいなぁと思う。誰のことも傷つけない存在だから。

気遣いがすごいわけではない。誰にでもいい顔してみせるわけでもない。人に好かれたいように、あるいは嫌われないようにふるまうわけでもない。
なのに、そこにいるだけで愛される。

気遣いがないわけでなくて、それなりに気遣っている。ただ、別に先回りして手を貸すとか、ましてや「○○しておきましたー」なんてひけらかすことはない。
目の前の誰かの邪魔にならないようにふるまい、邪魔になってしまったら「ごめん」と言う。要するに、当たり前の気遣い。

誰かやみんなのご機嫌をとるようなことをするわけではなく、ただ人の嫌がることをしない。強烈な印象を残すようなことはせず、争うようなこともせず。
なにかありそうと思うと、すっと姿を消す。

当たり障りなく、尖った部分もなく、自己主張するでもなく、存在は希薄。
なのに、いないともの足りない。

本Dは、まさに「人から愛される人」。
うちのシェアハウスにおいて、家主は「ハレ」で圧倒的存在。一方、本Dは「ケ」。特別ではなく、日常。いて当たり前の存在。
いないと誰もが「本D、どうしてるかな」「本D、いつ戻ってくるんだろ」と気にかける。いつもそこにいて欲しい。いたからって、特になにがあるわけでもないのに。
だけど、いないとさびしい。

今朝、本Dは出稼ぎに出た。帰ってくるとしたら、12月末。あるいは、年越し終えた後。
2か月も本Dがいないのは困る。
「ねーねー本D、」とか「本Dさぁ、」とか、その先に大した言葉は続かないけれど、そういうなんてことない会話をしたいのだ。本Dと。
なんてことない会話は、生活に欠かせないもの。
本Dがいないシェアハウスは、ほんだしの入っていないおみそ汁みたい。

今日なのか、もっと先なのかわからないけれど、いずれ本Dとは会えなくなる。仕方のないことだけど。

結局のところ、私も愛してるのだ。本Dと、本Dと交わすなんてことない会話を。私の「ケ」に欠かせないものだから。
また会えますように。また「え、本D、帰ってきたの!?」と言えますように。



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