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書きたかったんだ、私

 結局、津和野への引っ越しはやめた。「ここではないどこかへ」と言い続けて、一体何年経つだろう。どこかへ行きたいと言いつつ、もうこのままなのかもしれない。
 津和野の条件は、決して悪くなかった。
 やりたいことのひとつである飲食業に携われて、ネコとともに住む家もある。田舎であり、「ここではないどこか」であり、次に九州へ引っ越したくなったとしても行きやすい場所。しかも、友だちが「津和野行ったら会って話して」とすすめてくれた人が幾人もいる。カフェのオーナーも陽のエネルギーに満ちていて、一緒にいたら自分も感化されて能動的になれそうな人だった。
 だけど津和野では暮らせないと、行かずに留まることを選んだ。

 一番大きな理由は、土地が狭いこと。
 盆地にぎゅうぎゅうに建物が混んでいる。家と家の間隔がそれなりにあるような田舎を想像していたので、あまりのすき間のなさに胸が苦しくなった。逆に、だからこそ心ひかれる細い路地があちこちにあるのだが。
 津和野の一番の繁華街(?)である駅前に泊まったのだが、人の声や車の音が絶えず聞こえ、さらには人影が窓の外をうろうろしているのが見えて、これまた胸が苦しくなった。人の気配が不安をかき立てる。
 そしてもうひとつの理由が、屋根瓦の色。なじみのない黄茶というか赤茶というか、そういう色の瓦を見ながら暮らすのは無理だと感じた。と、言ったら、何人もに「は? 何言ってんの?」と理解してもらえなかった。
 たぶん嫌いな色なのだと思う。しかも、家が密集しているから、辺り一面嫌いな色。圧迫感が半端なく、誰が何と言おうと息苦しい。

 それでも悩みに悩んだ。津和野へ行くのと、ここに留まるのと、天秤はどちらかに一気に傾くことはなく、左右上がったり下がったりを繰り返した。差はごくわずか。
 行かない決断を下した後で、まったく関係ない話において友だちが放った一言がある。
「やめることが一番難しい」
 ここにいるのを「やめる」ことが、私にはできないのかもしれない。次へ進めないというより、安寧な今に終止符を打つことができずにいる。そして来ることのない「ここではないどこかへ」と言い続けるのだろう。

 おもしろいことに、津和野へは行かないと決めてからあれこれ、特に書く仕事が舞い込んできた。
 ひとつはローカルメディアで、とりあえず1本お試しで書くことになっている。まだ本採用ではないのに、採用されたらあれもこれもと書き出したネタは50本以上。
 そっか、私、まだここにいたいのかもしれない。ここで書きたいことがあるのかもしれないな。全部書くまではここにいる、かもしれない。全部書けたらいいな。

 

 

  

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