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発熱

 昨夜、「モリハウスの価値とは」という質問を投げられ、ドツボにはまった。
 3週間前、いつものバーでシェアハウスであるモリハウスのクラファンについてがん詰めされた。ふたりがかりで3時間、ひとりで2時間ほど。
 うち半分くらいは私の立ち位置についてのお叱りだった。クラファンの内側の人である覚悟が足りなくて、「私はそう思わないけど、みんながそうしたいから」という言葉を発し、「それは言っちゃいけない」ときつくきつく繰り返し叱られた。
 クラファンが始まって1〜2日経ったとき、覚悟を決めた。内側の人になる。ピエロとして役割をまっとうする。
 そうしてお叱りをいただいたふたりに支援をお願いするメッセージを送った。

 3週間前には、「自分ちのトイレを修理したり、網戸つけたりするのにお金出してくださいって言うのはおかしくないか?」と問い詰められた。「あなたの家のトイレをきれいにして、私になんのメリットがあるのか?」と。「それをきれいにすることで、私個人じゃなくても、社会的に意義があるのであれば支援する」「支援は投資」「お金がないから支援して欲しいは、支援じゃなくて施し」「まず自分たちでお金をつくるという発想が欠けている」「人に支援を呼びかけ、自分たちは一体いくら出すつもりなのか」。
 おっしゃるとおり、ごもっともとしか言えなかった。
 きつかったけれど、「私も自分ちのトイレ直すのに人にお金出してはおかしいと思う」と言えたから、まだ耐えられた。「内側の人が『私は』って言っちゃだめ」と叱られる無限ループではあったけれども。

 昨夜は、内側の人という覚悟で向き合ったため、逃げ場がなかった。
 そして、別な人からの矛先が前回とは違うところだったため、心の準備ができてなかった。
 指摘されたのは、文章からにじみ出る「おれたちはちょっと違うぜ」感。世間一般と、自分たちは違ってる、おもしろいことをしてるんだという、いうなれば優越感みたいなものが感じられて不快だと言う。
「いやいや、私たち、別に特別なんて思ってない」「どっちかというと、できないことが多くあるから、あそこに住んでるわけで」「おもしろいことなんてない、普通に家で住んでるだけだもん」。あ、じゃあなんで自分ち直すのに人にお金もらう、ってなる流れ、、
 それはもちろん言われたのだが、「逆に、おもしろいってことにしてないなら、あの文章はないよ」と言われる始末。どっちへどう転んでも、反論が成り立たない。鬼詰めしてくるふたりのうち、ひとりは全国紙の記者。問い詰め方が尋常じゃない。
 1時間くらい経ち、逃げ出すようにタバコを吸いに行くと記者も出てきた。ふたりでタバコを吸いながら、「じゃあ、どうしたらいいの?」と尋ねる。私には結局、どうするのがいいのかわからなかったから。その人が言うことを真に受けるつもりはなかったけれど、自分なりの解を見つけるヒントになるだろうと聞いてみた。

 そして出てきたのが件の「モリハウスの価値とは?」。どうしたらいいの回答がどうだったのかは、もう忘れた。残ったのがこの質問。
 悲しいかな、私にはそれに答えられなかった。今でも答えはわからない。
 なぜなら私は、自分はモリハウスと世間との狭間に宙ぶらりんになっていると思っているから。モリハウスの雰囲気や目に見えないルールになじめない。世間の理屈や倫理には従えない。どっちでも、どこでも私を変えられない。合わせられない。
 だから私にとってモリハウスは、家だけれど、自分ちだけれど、それ以上ではない。自分ちの価値って、何? 自分ち以上に表現のしようがない。
 私には見えてない価値があるのだろうか。私じゃない住民なら、さっと答えられる気がする。ここでの暮らしを楽しんでいるみんななら答えられるだろうに、私には答えられない。私は一体、モリハウスで何をしてるんだろう。クラファンの内側の人なのに、答えられない私はやっぱり内側の人でいる資格はないのだろうか。
 そして、こんなことを書いてるのは、そもそも内側の人失格なのかもしれない。そんなことも、私はわからないばかもの。

 それからの時間は地獄だった。
 新しく知り合った人たちと笑って飲みながらも、ずっと「モリハウスの価値とは」が頭の中をぐるぐる回っている。笑えなくなってタバコを吸いに行く。タバコがなくなって買いに行きながら、「モリハウスの価値って?」とつぶやき続ける。
 挙句の果てに飲みすぎて、外のベンチで倒れ、バーのお客さん総動員で助けに来てくれた。来る人来る人に「モリハウスの価値って何?」と問う。「知りませんって」「またそれですか」と言われながら、へたり込む。
「はたして、モリハウスに価値なんてあるんでしょうか?」と言われたのが最後の記憶。どうやって車まで行き着いたのかわからない。駐車場の車内で目が覚めたのは朝8時半すぎ。

 家に帰り、吐きまくり、布団に倒れ込む。再び11時半に起きると、発熱していた。そのまま夕方まで寝たが、胃が痛く、まだ熱がある。
 このまま熱は引かないかもしれない。「モリハウスの価値とは」への解が見つからなければ、もう家から出られないかもれない。ほかの住民と顔を合わせるのも怖い。誰にも会いたくない。誰とも話したくない。布団の中に潜り込んで、小さく丸くなって消えてしまいたい。
 そうはいかないけれど。世間に迎合できないと言いながら、働かなければ生きていけない。お金を稼ぐため、明日はアルバイトに行かなくては。
 それでも私の頭の大半は「モリハウスの価値とは」と問い続けるだろう。どうにか解を見つけて、早く楽になりたい。



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