営業とかけてサービス業と解く物語

本稿はシナリオ形式になっています。

[登場人物/すべて架空]

(キャスティング)

田中裕介 役:ユースケサトウマリア

加賀エリカ 役:沢尻エリコ

上司 役:岡村隆司

増子松子 役:マツコテラックス

ナレーター 役:松平定信(その歴史は動いた/下町ロケッ2)

脚本/著作:小笠原昭治

※文中の
(N)印は、ナレーション(Narration)… ナレーター松平の説明

(M)印は、モノローグ(Monologue)… 登場人物の心の声


【#1】プロローグ

○ オフィスビルの廊下
 
   紺のスーツ姿で歩いてくる加賀(かが)エリカ(26)

   腕には、案内係の腕章。

   オフィスビルの廊下を歩いてきて、会議室のドアの前に立ち、ひと呼吸。

○ 会議室のドアには“ 田中裕介様 お控え室 ”の張り紙

   軽く2回ノックする加賀。返事がないので、またノック。

   やはり返答がないため、そ~っとドアノブを回す。

   ドアの隙間から、中の様子を窺うと、後姿の男性が一人。

○ 会議室内

   スーツ姿の田中裕介(42)が、一人、会議机に向かって座っている。

   つまんだ糸の先に垂れ下がる五円玉が、振り子のように左右に揺らぐ。

   揺れる五円玉を見つめる田中。

   加賀、厚いカーペットの上を、ゆっくりと近づいて、肩を叩く。

加賀「先生?」

   驚いて飛び上がる田中。大声で、

田中「うわ!ビックリしたなあ、もう」

   そのリアクションに驚く加賀。

加賀「し、失礼しました」

田中「ビックリさせないで下さいよ」

   加賀、思わずムッとして、

加賀(M)「何ゆうとるがあ。こっちこそビックリしたちや」


田中「もう、何ですか?」

加賀「あと10分ほどで、講演のお時間になります」

田中「わかりました。ありがとうございます」

【#2】10分前

加賀「お待ち頂いている間に、一つ、お聞きしても宜しいですか?」

田中「何です?」

加賀「飛びこみ営業のコツを、教えてもらえます?」

田中「飛び込み営業ぅ?」

   胡散くさそうに、加賀の足の先から頭のてっぺんまで、ためつすがめつなめ回すように見る田中。

加賀(M)「なに?この、ばぶれもん。いやらしい目つきで、ジロジロ見て」

加賀「あ、あのぅ、先生?」

   にっこり微笑む田中。加賀を気に入ったように表情を和らげ、

田中「お安い御用です」

   と、掌を差し出して、パイプ椅子へ座るよう勧め、

田中「答えは、単純。御社のような、サブディーラーでしたら」

   腰かけながら、前かがみに身を乗り出す加賀。

加賀「飛びこみ営業のコツは?」


田中「飛び込み営業しないことです」

加賀「はあ?」

   椅子に座り損ねて、転びかける加賀。ガタガタと騒々しい音。

田中「大丈夫?」

加賀「は、はい。大丈夫です。ちょっと驚いただけです」

(N)
サブディーラーとは、自動車メーカーの系列に属さない、自動車販売店である。

自動車メーカー系列の“正規ディーラーは”、系列のメーカー車のみ販売する
が、系列に入らないサブディーラーは、各メーカーの新車を売ることができる。

新車専門のサブディーラーもあるが、メガディーラーは存在せず、中古車販売や、自動車整備工場が、サブディーラーを兼務している業態が多い。

加賀エリカは、中古車販売大手の株式会社カーエラビー土佐の営業社員であり、
田中裕介は、カーエラビー西日本営業本部から講演に招かれたマーケティングコンサルタントであった。

【#3】9分前

   椅子に座り直して、背筋を伸ばす加賀。

加賀「飛び込み営業なのに、飛び込むなって、どういう意味ですか?」

   加賀の剣幕に押されるように、田中は、

田中「よーく考えてみようよ」

   と、こめかみに人差し指をつけ、

田中「お客様になるかも知れない、見知らぬ方々の自宅へ飛び込むんでしょ?」

加賀「はい」

田中「くつろいでいる自宅へ、突然に訪問して『クルマ売ってます。買って』って、そりゃナイっしょ~」

加賀(M)「そんなコトいうとったら、クルマ売れんぜよ」

   加賀の反論を見透かしたように、田中は椅子にふんぞり返り、

田中「たとえば、あなたが、風呂上がりのビールを飲んでいたとする」

加賀「わたくし、かが。加賀エリカと申します」

  田中は「気の強そうな女だなあ」とばかりに、苦虫を噛み潰した顔で、

田中「へーへー。加賀さんね。じゃあ、加賀さんが」

   と立ち上がり、右手にリープル(乳酸菌飲料)を持ち、左手を腰に、

田中「こんな風に、パンツ一丁で、ビールを飲んでいたとする」

加賀「パ」

   パンツ一丁という一言にギョッとする加賀。


加賀(M)「女性に向かって、パンツ一丁やなんて、デリカシーなか男ちや」

   プイと横を向く加賀。そんなの気にせず話しかける田中。

田中「頭にタオルを巻いて、バスローブを着て、グッと飲み干すビール」

   田中、思い出したように虚空を眺め、にやけながら、

田中「ふう。一日が終わって、リラックスする、至福のひととき」

加賀(M)「ビール飲まんウチにゃ分からんがあ」

【#4】8分前

田中「そこへ!」

   と、田中に指をさされ、引く加賀。

田中「ピンポーンとチャイムが鳴って、インターホンに出てみると、

『近所の新聞屋です。新聞、取りませんか?』

って、新聞の飛び込み営業が来たら、どう思う?」

   椅子に座りながら、続ける田中。

田中「加賀さんは、新聞をとる気がない。その気があれば、率先して、契約先を探すだろうからね」


加賀「そうですね。買いたきゃ、自分で探します、売り込まれる前に」

田中「でしょ?新聞を取る気がないのに、新聞、取りませんか?って来られて、

  『おおう!いい時に来てくれた!ありがとう!』

と思う?それとも、くつろぎのひと時に邪魔が入って、

  『迷惑だな~』と思う?」

加賀「どちらとも思いません。ご苦労さまって思います」

田中「それは、加賀さんが、訪問営業しているからでしょーよ」

   加賀、驚いた様子で、

加賀「よく、私が営業職だって分かりましたね」


田中「そりゃあ分かりますよ。普通の人は、迷惑に感じるからね」

加賀(M)「普通の人じゃなくて、悪かったにゃ」

田中「第二に、営業のコツなんて、営業職でなければ、興味わきません」

   うなずく加賀。

田中「第三に、清潔だけど、着古したスーツ」

加賀(M)「手取り13万円じゃ、気軽に、新しいスーツなんて、買えんちや」

田中「いつも着ている証拠です。営業職なら、新品同然のほうが、おかしい」

   田中、自分のスーツの襟をつまんで、

田中「僕なんか、めったに着ない。だから、新品同然」

   と笑った。笑うと、なぜか、いやらしい顔つきになる田中だった。


田中「それに、ハイヒールじゃなく、パンプスを履いている」

   田中は、加賀の足元を見もせずに、

田中「パンプスのかかとが相当すり減っている。かなり歩いている証拠だね」

加賀(M)「さっき、うちをナメ回すように見ていたのは、観察しちょったが
か。たんなるエロ河童やなかったき」

田中「第五に、髪が短い。営業は、髪の短いほうが楽だし、好印象だからね」

   長髪が煩わしいことを知っていた田中に驚く加賀。

加賀「よく、ご存じで」

田中「以上五つの情報を総合して、加賀さんは、営業職に違いないと思ったの」

【#5】7分前

田中「営業職だから、お客さんに買う気がなくても、加賀さんは売りたい」

加賀「仕事ですもん」

田中「お客さんになってほしい人へ、迷惑かけるのが、営業の仕事なの?」

加賀「迷惑ですって?」

田中「特定商取引法って、知ってるでしょ?」

加賀「はい。少しは」

田中「訪問販売って、迷惑だな~って思う人が多いから、できた法律ですよ」


加賀「迷惑をおかけするのが、営業の仕事じゃありません」

田中「ところが、迷惑だし、古いんだな。高度経済成長期に完成した商法よ」

加賀「私は、お客様と接することができる、素晴らしい商法だと思いますが?」

田中「お客さんと接することができるのは、訪問販売だけじゃないよね」

加賀「他に、何が?」

田中「対面だけが接触じゃないでしょ?電話だって、葉書だって、接触だよね」

加賀「それで売れるならいいんですが、一般家庭にアポなんて取れません」

   田中、頭をポリポリかいて、

田中「利害関係で分からなければ、恋愛関係に置き換えてみようか」


加賀「利害を、恋愛に?」

田中「恋愛関係を迫る、迷惑なヤツといえば、ストーカー」

   うつむき加減になって、表情を暗くする加賀。

田中「あれ?もしかして、被害者だったりして?」

加賀「はい」

田中「だったら、話は早い。それですよ」

   キッと田中を睨む加賀。

加賀(M)「それですよって、人の傷口に触れる話題は、避けるべきぞね」

   沈黙の抗議など気にかける様子もなく続ける田中。

田中「ストーカーは、自分が迷惑かけてるなんて、思ってないけど……」

加賀「される側にとっては、迷惑どころか、恐怖です」

田中「でもさ、ストーカーは、愛情を注いでいると思ってんだぜ?」

加賀「そんなの、間違ってます」

【#6】6分前

田中「される側が、間違ってるって思ったって、どうにもならないでしょ」

加賀「警察に届けます。ストーカー規制法で近づけないようにしてもらいます」

   得たりとばかりに田中は手をポンと叩いて、

田中「正解!それと同じルールが、訪販における特定商取引法ですよ」

加賀「ストーカー規制法と同じ?」

田中「業務停止命令を出すこともできます。企業は、営業できなくなります」

加賀「そんなことになったら、私、クビです」

田中「やらせているのは会社だもん、仕方ないっしょ」

加賀「無職になったら困ります」


田中「一人でも生きていけるすべを身につけておくことですな」

加賀「どうやって?」

田中「結局は、人間関係ですよ」

加賀「人間関係?」

田中「利害関係と、恋愛関係。営業行為と、迷惑行為。どっちも紙一重なのよ」

加賀「人間関係だから?」

田中「そ。人間、嫌われちゃったら、お終いなのよ」

(N)
メラビアンの法則によると、第一印象は、初会の3秒~6秒で決まり、

その第一印象は強く刷り込まれ(初頭効果)、修復と改善には、時間と労力を要する。

また、迷惑なやつが帰った最後の印象も強く残るため(親近効果)、

断られ次また訪問すれば、特商法違反で罰則(業務停止命令等)を課される危険性がある。


田中「第一印象を覆すのは難しいから、初めて会った相手に嫌われちゃダメよ」

加賀「嫌われないようにするには?」

田中「言ったじゃん。飛び込むなって」

   加賀、困った顔で、

加賀「でも、飛び込み営業しなくちゃ、クルマ売れません」

田中「加賀さんは、飛び込み営業したいの?クルマを売りたいの?」

加賀「クルマを売るために、飛び込むんです」

田中「飛び込んでは嫌われ、その次も嫌われてちゃ、来年の今頃にゃ、訪問先が無くなってしまうでしょ」


   (加賀の回想)

    訪問先がなくて、公園のベンチに座り込む加賀。

    つぶやく。
    
   「営業は、社内にいるな!外へ出ろったって、アポはないし、この辺りは回りつくしたし、どうしろっていうの」

   (加賀の回想 終わり)

【#7】5分前

田中「くつろいでいるところへ飛び込んで、嫌われるところから始めるなんて、マイナスからスタートするギャンブルと同じでしょ」

加賀「ギャンブルですって?」

田中「ギャンブルは、賭け金を払ってから始めるよね?」

加賀「営業活動は、賭け事じゃありません」

田中「ふーん。じゃあ訊くケドさ、売れなくて、パチンコして、遊んでいたのと、同じだった日が、あったんじゃーないの?」

   (加賀の回想)

   夕暮れ。一台も売れなくて、トボトボ帰社する加賀

   加賀「ただいま戻りました」

   上司「おう、加賀。どやった?売れたか?」

   加賀「売れませんでした」

   上司「何やてぇ?売れるまで帰ってくんな!この給料ドロボー」

   (加賀の回想 終わり)

加賀「確かに、良い結果が出なければ、パチンコして遊んでいたのも同然です」


   田中、笑い飛ばすように、

田中「パチンコって、ギャンブルじゃんよー」

加賀「だとしたら、賭け金にあたる先行投資は、営業の場合、何ですか?」

田中「会社にとっては、加賀さんの給料。福利厚生費。それと、移動交通費」

   給料と聞いて、痛いところを突かれたように視線を落とす加賀。

田中「加賀さんにとっては、労力と、時間」

   ハッとしたように顔を上げる加賀。

加賀「売れるかどうか分からないのに、足を棒にして歩き回る、労働力の投資」


田中「それに、お客さんを探し回る、時間の投資。時間は、取り戻せません」

加賀「そして、電車賃や、ガソリン代や、タクシー代などの移動費の投資」

田中「ね?営業活動って、ずいぶんと、投資してるモンでしょ?」

加賀「売れなければ、それらの投資が、無駄になるんですね」

田中「そう。だから、みんな、賭けに勝つために、売ろうと頑張るわけ」

加賀「飛び込み営業が、賭博と同じだなんて、ちょっとショックです」

【#8】4分前

田中「だいたい、クルマ屋さんだけが訪販してると思ってんの?」

   え?と言わんばかりに目を丸くする加賀。

田中「車だけじゃなく、新聞も、リフォームも、悪質業者も、みんな、訪販で売ってるでしょ?」

加賀「そうですね。うちにも来ます。浄水器とか、ケーブルテレビとか」

田中「お客さんにとっては、布団だろうが、化粧品だろうが、訪販は訪販」

加賀「訪販は、訪販……」

田中「何屋さんが来ても、まーた 訪 販 が 来やがったってモンなのよ」

加賀「私のライバルは、同業他社だけじゃないってことですか?」

田中「イエース。ぜーんぜん関係ない業界の、悪質訪販も、ライバルです」

加賀「悪質訪販も?」


田中「これだから、飛び込み訪問の効果が薄いのも、頷けるでしょ」

加賀「確かに、100軒に一軒でも話を聞いてくれたら御の字です」

田中「業界を問わず、悪質訪販というライバルは、もっと増えるよ」

加賀「どうして、ですか?」

   小首を傾げる加賀。

田中「売り先が減って、売れなくなると、だましてでも売ろうとするでしょ?」

加賀「詐欺ですか」

田中「詐欺すれすれ。商売は、だまし・だまされやすい危険性を帯びているから」

加賀「10円の仕入れ値を隠して、100円で売りますからね」

田中「だからといって、飛び込み訪販がダメなんじゃありませんよ?」

加賀「えっ?さっき、飛び込みするなって言いませんでした?」

   戸惑う表情を浮かべる加賀。

田中「必要があれば、飛び込んだほうがいい」


加賀「どんな?」

田中「差し入れとか、年末年始のカレンダー配りとか」

加賀「ああ」   

田中「非効率なのは、飛び込みじゃないの。突然の売り込みが非効率なのよ」

加賀「突然の売り込み?」

田中「突然、ひょいと現れて、利害関係を迫るから、ダメなの」

加賀「あ、恋愛関係も同じです。すれ違った男性から求愛されてもキモイだけ」

田中「道で、すれ違っただけなら、ナンパと一緒だけど……」

加賀「そうですね」

田中「これが、自宅となると逃げ場がない。だから、飛び込まれると困るわけ」


加賀「困るから、冷たかったり、怒ったりするんですね」

田中「窮鼠猫を噛む。ねずみも、困れば、猫をかむよ」

【#9】3分前

加賀「じゃあ、売らなければ、訪問営業してもいいんですか?」

田中「売らない商売なんて、ありえません。ウソは、いけません」

加賀「この地区の担当になりましたって、ウソじゃありません」

田中「それは、既存客を引き継ぐ場合の話でしょ?」

   今ひとつ理解できない様子の加賀。

田中「新規と既存をゴチャ混ぜにして考えるから、ワケわからなくなるのよ」


   ちんぷんかんぷんの様子でメトロノームのように左右に頭を振る加賀。

田中「まだ会ったこともない、見知らぬお客さんからしてみれば、加賀さんが何地区の担当になろうと、関係ないの。加賀さんの会社の勝手ご都合なの」

加賀「だって、そう言って飛び込めって教わりました」

田中「相手の都合はお構いなしに、自分の都合を押し付けると、どうなる?」

加賀「迷惑がられる。ははあ、なるほど。そして、嫌われる」

田中「嫌いなヤツから、誰が買う?」


加賀「じゃあ、どうすればいいんですか?」

   田中、可笑しそうに、

田中「それを教えてくれるのが、上司でしょ」

加賀「上司が?」


  (加賀の回想)

   社内の営業会議。

   上司「ええか?営業は、根性や!根性で、売ってこい」

   加賀「どうやって、根性で売るんですか?」

   上司「足で稼げ」

   加賀「足で稼ぐ?」


   上司「多訪問しろっちゅーこっちゃ」

   加賀「もう、訪問する先がありません」

   上司「どアホウ!断られてからが勝負や」

   加賀「二度目の訪問で、水をかけられたこともありますが?」

   上司「そこで諦めるから、お前には売れんのじゃ」

   (加賀の回想 終わり)


加賀「お恥ずかしい話ですが、具体的な方法を、上司は教えてくれません」

田中「甘えなさんなって。会社からすれば、社員、自ら勉強しろってことですよ」

加賀「教えてくれるのが上司じゃないんですか?」

田中「社員は、自分で勉強する。会社は、教える。それでこそ相乗効果になる」

   加賀、泣きそうな顔になって、

加賀「私だって、自腹を切って、本を買ったりして、勉強してます!」

   田中、鼻毛を抜きながら、

田中「だから?」

加賀「でも売れません。先生、私は、一体どうすればいいんですか?」

   田中、抜いた鼻毛をフッと吹き飛ばし、

田中「売り込まないことです。唐突に、利害関係を迫っちゃいけません」


加賀「そんなの無理です」

田中「上司が、売れ!って言うからでしょ?」

加賀「はい」

田中「じゃあ、売れと命令を下す会社なんか辞めて、食べていけますか?」

加賀「たぶん、無理です」

田中「だったら、組織の一員である以上、業務命令に従うしかないねえ」

加賀「みもふたもないこと言わないで、何か、いい方法を教えて下さい!先生」

   加賀は、心の中で毒づいた。

加賀(M)「おまん、先生じゃか!ようだいばっかいいな(理屈だけ言うな)」

【#10】2分前

田中「じゃ、売り込む前に、知らせるところから始めるといい。AIDAのAです」

加賀「アイーダのエー?」

   首をかしげる加賀。

田中「加賀さんを知らせるのさ」

加賀「私を知らせる?商品のクルマを知らせるのでは?」

田中「クルマは、自動車メーカーが、広告を出して、知らせてるでしょ」

加賀「じゃあ、当店を知らせる?」

田中「社内のライバル営業マンから買われてもいいの?」


加賀「いいえ、私から買って欲しいです」

田中「だったら、加賀さんから買いたいと、お客さんに思ってもらわなくちゃ」

加賀「どうやって?」

   田中、セールスフローと題した書類を見せ、

田中「商品を売る販売活動は、商品と代金を交換する時のみ。すごく短い時間」

加賀「じゃあ、営業活動って何ですか?」

田中「営業マンそれぞれのサービスを売り続ける。サービスだから無形で無償」

加賀「有償のサービスもあります」


田中「それは、商品としてのサービス。営業活動は、無形で無償のサービス」

加賀「はあ?」

田中「商品は、有形で有償。サービスは、無形で無償。二つ合わせての売上よ」

   加賀、合点したように、

加賀「それで、同じ商品でも、営業マンによって、売上に差がつくんですね」

田中「そ。売れない営業は、告知だけとか、いきなり販売ばっか、やってんの」

加賀「売れる営業は、営業活動しているんですか?」


田中「うん。いきなり利害関係じゃなくて、まずは、友好関係。ご縁を結ぶの」

加賀「縁結びですか。お友達から始める恋愛や、お付き合いと同じですね」

田中「わかったみたいね、恋愛関係に似ていると」
加賀「はい!」

田中「それには、知らせるために、一軒一軒、ポスティングして歩くといい」

   加賀、ポスティングと聞いてガッカリしたように、

加賀「ひと通り、回り尽くしました」

田中「一世帯あたり七回まわりなさい」

   田中は、手近な紙に“セブンヒッツ理論”と書いて、下線を引いた。

田中「それでも売れなけりゃ、人間としての加賀さんに魅力がないか、市場性が無いエリアで売ってるってこと」


加賀「私に魅力がない?それはあり得ません。市場性が無いに違いありません」

田中「担当エリアで、どれだけ売れるかの判断は、会社の判断だから、会社に

  『自分が受け持つエリアは、何台くらい売れそうですか?』

と訊いてみるといい。その科学的な根拠も、ね。それが目標値になる」

加賀「訊いてみます。でも、チラシをポストに入れたって捨てられるだけです」


田中「チラシやポスティングの戦術論だけではありません、戦術と戦法です」

加賀「戦術と戦法?」

田中「チラシという紙に、何を書いて、何を伝えるか?です。その紙の概要が、戦術。細かい部分が、戦法です」

加賀「チラシに載せるのは、商品ですよね」

田中「誰が決めたの?総理大臣?それとも、天皇陛下?」

加賀「いえ。そういわれてみれば、チラシに商品を載せるとは決まってません」

田中「でしょ?だから、まず、履歴書と、挨拶状を大量にコピーして」

加賀「え!履歴書って、面接の?」


田中「市販の履歴書じゃありませんよ?手作りの履歴書」

加賀「保険の外交員が配っているような?」

田中「あんなの、情報公開のうちに入りません。ケツの毛まで見せなくちゃ」

加賀(M)「ケツって、げに、まっこと、デリカシーなか男ちや」

【#11】1分前

田中「それと、ポチ袋の中に五円玉を入れて……」

加賀「その五円玉は、自腹ですか?」

田中「経費じゃ落ちないだろうから。領収書もないし」

加賀「1,000軒回っても、五千円で済みますから、仕方なしとして、ポチ袋は……」

田中「ポチ袋を買う予算がなければ、会社の封筒を使うといいよ」

加賀「あ、それなら腐るほどあります」

田中「履歴書と挨拶状と封筒をホチキスで留めて、ポスティングすんの」

加賀「たった、それだけですか?」

田中「封筒に“ご縁(五円)があります”って印刷するのを忘れずに」

   加賀、パアッと顔を明るくして、

加賀「そんなユーモア、好きです」


田中「そういうサービスを売るのが営業活動なのよ。その結果、販売へ至る」

加賀「なるほど。クルマを売るだけじゃなく、私らしさを売るんですね」

田中「迷惑を売るんじゃなく、人様の喜び、楽しみ、手助けを売りなさい」

   加賀、ひらめいたように、

加賀「それなら、私、ドライブやツーリングが好きなんで、サークルを作って仲間を募集するってのもアリですね」

田中「いいねえ」

加賀「少子化へ向けて、お見合いサービスとか」

田中「高齢化へ向けて、食品のお買い物の代行なんか、喜ばれるんじゃない?」

加賀「それをチラシに載せるんですね!売り込むなという意味が分かりました」

田中「売り込むのをヤメて、お客様になるであろう方々の、お役に立つことを考えれば、どんどんアイデアが出てくるもんでしょ?」


加賀「はい!楽しくて、ワクワクします。営業って、楽しいんですね」

田中「もっと重要なことに、人は、チラシが見たいんじゃなく、おまけを受け取るついでに、チラシも見るってこと」

   加賀、思い出したように、

加賀「確かに、チラシは受け取りませんが、ティッシュなら受け取ります」

田中「これは、僕自身の経験から編み出したんだけど、存在感のあるオマケのほうがいいんだな」

加賀「とすると、封筒に五円玉じゃ、薄っぺらいですね」

田中「うん、加賀さんが用意できる範囲で、いろいろ考えてみよう」

加賀「なんか、作戦会議っぽくってウキウキします。早く、やってみたい!」

   はしゃぐ加賀。

田中「話を具体的にすればするほど、イメージが湧くからね」

加賀「イメージが湧くと、どう動けばいいか分かりやすくなります」


田中「それが、戦略戦術を、戦法レベルへ落とし込むって作業なのよ」

加賀「戦略 - 戦術 - 戦法と繋がって、最後は、五円玉が御縁になるわけですね」

   感慨深げに、腕組みし、何度も点頭する加賀。

田中「大事なことを一つ。履歴書と、挨拶状ができたら、僕に見せてね」

加賀「え?」

田中「僕がチェックしないと、とんでもないものを作って配るだろうから」

加賀「大丈夫ですって」

田中「ダメだ!戦法は、言葉ひとつで台無しになる」

   はじめて見せた田中の厳しい表情に、たじろぐ加賀。

加賀「どうして、ですか?」


田中「読む側の立場になって書くのは、意外と難しいもんなのよ」

   加賀は、ストーカーから受け取った自画自賛のラブレターを思い出して
   身震いした。

田中「細かい部分に神を宿すトレーニングの積み重ねが、売らなくても売れる営業戦略の実地訓練になるの」

加賀「売らなくても……売れる……」

田中「営業戦略をマスターしちゃえば、売れ!と命じる会社に見切りをつけて、独立しても、やっていけるさ」

加賀「独立?この私が?」

田中「営業さえできれば、一人でも生きていけるって」


加賀「あ!それが、一人で生きていけるすべの答えなんですね」

【#11】エンディング

    加賀の腕時計のアラームが鳴った。

   (電子音)ピピピピピピ

加賀「先生、講演のお時間が参りました」

田中「あ、そ。じゃ、行こっか」

   カバンの中に小物をしまう田中。席を立って、ドアへ向かう加賀。

田中「加賀さん」

加賀「はい?」

   立ち止まった加賀へ近づく田中。

田中「これ、あげますよ」

   糸がくくりつけられた五円玉を見せる田中。

加賀「これ、さっき、先生が凝視なさっていた五円玉」


田中「これを、ね」

   糸の先をつまみ、振り子のように、ゆっくり左右に振る田中。

田中「この五円玉を見つめながら、イメージするんです」

加賀「何を?ですか」

田中「ポスティングから成約までの流れを、頭の中で、脚本化するの」

加賀「あ!さっき、先生も、そうやって、イメージしていたんですか?」

田中「うん。順を追って、今日の講演をシナリオにして、イメージしてたの」

加賀「そうだったんですか。集中しているのに、驚かせるようなことをして」

田中「いいんだ。集中しないと、イメージトレーニングにならないから」

加賀「そっか。具体的なイメージが大切なんでしたね」


田中「そう。具体的に思い込むんだ。加賀さんは、売れる営業だって」

加賀「私が?売れる営業?」

田中「そうさ。怒鳴るしか能のないボンクラ上司のせいで、自信を無くしているだけ」

   田中の両目を、真剣に見つめる加賀。

田中「人は、信念であれ、宗教であれ、信じるものに拠って、動くの」

加賀「信じるもの……」

田中「もっと自分を信じなよ。勝気な加賀さんなら、できるって」

加賀「勝気だってバレました?」

   田中、笑って、

田中「初対面の、ムッとした顔を見て、そう思ったね」


加賀「3秒で決まる第一印象は、強く焼きつく……ですね」

   うなずく田中。

加賀「じゃあ、もしも、自分を信じられなければ?」

田中「営業戦略を信じなさい。この作戦ならば、必ず勝てるという技を」

   田中は、加賀へ五円玉を差し出しながら

田中「戦略は、目に見えない。だから、迷った時、この五円玉を見るといい」

   加賀、五円玉を受け取って、

加賀「飛び込み営業のコツなんて、小手先のテクニックじゃなかったんですね」


   五円玉を見つめる加賀。

田中「わかったか。よっしゃ!さあ、行こう」

(N)
二人は、講演会場へと廊下を急いだ。

しかし、この時、田中の身に、とんでもない災難が待ち受けていようとは、夢にも思わなかった。

【#エンドロール】

○ 講演会場

   講演が終わり、万雷の拍手を背に受けて、舞台袖へハケる講師の田中。

   舞台袖の暗がりの中で待っていた加賀が、リープル(乳酸菌飲料)と
   紙おしぼりを差し出し、

加賀「お疲れさまでした」
   
田中「ありがとう」
  
加賀「ところで、先生」
   
田中「なに?」

加賀「この後、何か、ご予定あります?」


 
田中「打ち上げに誘われているんで、夕食がてら、参加するつもり」

加賀「でしたら、7時か8時には終わりますよね」
   
田中「たぶん、ね」

加賀「じゃ、9時ごろ、先生のホテルへ伺って宜しいですか?」
   
田中「えっ?それはマズイんじゃないの?男一人の部屋だから」

加賀「友達を紹介したいんです」
   
田中「友達?」

加賀「先生も、きっと気に入ってくれると思います」

  おどけながら田中、
   
田中「絶世の美人とか?」


加賀「そりゃもう!」
   
田中「3人なら、いいか。僕の部屋は、ブライトパークホテルの1015号室」

   笑うと、いやらしい顔になる田中。

加賀「ありがとうございます。では、その時刻に、ブライトパークホテルで」

○ 21時。ブライトパークホテル1015号室

   (呼び鈴の音)ピンポーン

   パソコン仕事の手を止めて、ドアへ向かう田中。

   ドアスコープを覗く。加賀の後ろに、もう一人の女性の姿。

田中「はい」

   ドアを開ける田中。


加賀「押しかけちゃいました」

   と微笑む加賀。
   
田中「どうぞ。お入り下さい」

   先に立って、室内へ導く田中。

加賀「先生。ご紹介します。こちら、私の友達で、増子さん」

   体重150kgは下らなさそうな巨漢の増子を見て、唖然とする田中。

田中(M)「まさか、オカマだったとは!女性の友達は女性だと思い込んだ自分がバカだった」

   増子、ハスキーな声で、

増子「初めまして。増子松子です」


   田中、顔をひきつらせながら、

田中「初めまして。田中です。ま、お座り下さい」

   ソファに座る田中と加賀。横幅の大きな増子だけは、ベッドに座った。

増子「さっそくですが」

   びびる田中。

田中「は、はい?」

増子「私、このような……」

   と、増子は、バックの中から、小さな壺を取り出し、

増子「霊験あらかたな壺を販売しておりまして」

田中「つぼ?」

増子「先生にも、お一つ、おすすめしようと思いまして」

田中「そんなの要りませんよ」


(N)
田中は、断固として、断わり続けた。

しかし、自分の部屋なので、逃げ場がなく、そのまま23時過ぎまで、売り込みに付き合わされてしまった田中であった。

逃げ場を失ったお客さんは、困るので、

「唐突に、利害関係を迫るのは、やめなさい」

「ねずみも困れば猫をかむよ」

と教えた講演前の10分間が、無駄に終わったことを知って、田中は苦笑した。

営業とかけてサービス業と解く物語 完

田中/ユースケサトウマリア

加賀/沢尻エリコ

上司/岡村隆司

増子/マツコテラックス

語り/松平定信(その歴史は動いた/下町ロケッ2)

脚本/小笠原昭治

提供/インターアクティブ・マーケティング

脚本の小笠原と申します。楽しかったですか?
もし、お分かりにならないことがありましたら、どんどん質問して下さい。

なぜなら、登場人物は、筆者自身だからです。


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