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【書評】オスカー・ワイルド『獄中記』

 考古学者の父と文芸作家の母を持つダブリン生まれの名士オスカー・ワイルドは男色の罪で逮捕され、監獄に入れられた。1895年のことだ。刑期は2年とされた。 ヴェルレーヌが獄中で『叡智』を書いたようにワイルドもすぐさま書きはじめた。時間はたっぷりあった。まずは抗弁だ。

 「私は生まれながらの道徳廃棄論者である。私は法則のために作られた人間であなく、例外のために作られた人間のひとりだ」

 たしかに同性愛は現代なら何の罪でもない。彼は傲慢さゆえに裁かれた。それでもへらず口はかあ割らない。頭の中はのぞけない。見て聞いたものの不確かさを知れと言い張る。

 「世界の大罪は頭脳の中で起こる。われわれは今や眼をもって見るのでもなければ耳で聞くものでもないことを知っているこうしたものは、本当は感覚的印象を伝達するに適当な、あるいは不適当な通路にすぎない」

 そんな彼も刑期の後半になれば心境が変わってくる。ざわついていた脳の中が澄んできて、こんなことを書くようになる。

 「多くの人たちは釈放されると牢獄を自分の身につけて世間に持ち歩き、それを心の恥としてひた隠す。そしてしまいには穴にもぐり込んで死ぬ。彼らも惨めだが社会も惨めだ。社会は刑罰を個人に課す権利をあえて引き受けているが、同時に浅薄という悪徳も兼ね備えている。社会にはその自覚が欠けている。だから刑期が終われば放ったらかす。その人間に対する最高の義務がはじまるその時に、彼を見放してしまう。彼の自覚を社会も自覚するべきだ。双方に酷薄や憎悪があるべきものではない。悲しみ、それが人間の感得しうる最高の情緒だ」

 それが『幸福の王子』を書いた作家の告白。彼は社会に見捨てられ、穴ぐらで死んだ。

獄中記 (角川文庫ソフィア 237) 文庫 1998/4/1
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