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【書評】吉本隆明『家族のゆくえ』 

吉本隆明 『家族のゆくえ』を読む

 標題よりも著者自身の<老い>についての考えや実感が多く語られている本だった。刊行は著者八十歳の時。まずは老齢者の定義からはじまる。

 「頭や想像力で考え感じていることと、それを精神的にか実際的にか表現することの間の距離が普通より大きくなっている人間」

 つまり齢を重ねていくうち、身体が心に添わなくなった人のこと。

 「もちろんわたしは自己の実感以外には、基礎となる考えをもっていない。それにもかかわらず、身体の運動性の減退とともにはじまる生活心理と観念の流転のすがたは充分な考察に値するとおもえる」

 さまよえる観念、それは一面では分別からの解放も意味するだろう。心を自由にさせるのが老齢期ともいえる。

 著者は出生から老年期までを章立てて語る。人間のいわば発達グラフを描き、それに移行期という結節点を置く。そこにはつぎのような留保がつく。

 「ここでは<死>を老年期の後にもってくる考え方をとっていない。<死>は胎児とのきから老齢までのどの時期にも存在する。それはどの時期にも存在しないということとほぼ同義の可能性だからだ」

 なるほど。死は別物ということだ。さすがは唯物論者・「死ねば死にきり」という親鸞の本を書いただけのことはある。 現代左翼の条件はとおたわれ、著者はつぎの三つを挙げている。終生自身と世界の関係相を考え抜いた人間の遺言はこれ。

(一) じぶんが手に触れ、たしかめたことのない全てを疑うこと。(二) 思想は無思想より下と心得ること
(三) 天然自然よりもよい自然を造ることが可能と考えること



家族のゆくえ 吉本隆明/著
家族のゆくえ 吉本隆明 | 知恵の森文庫・未来ライブラリー | 光文社 (kobunsha.com)

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