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【書評】渡辺京二~雑誌『アルテリ』

熊本の書店主が刊行している「アルテリ」という雑誌がある。渡辺京二はそこで自らの義の生涯を振り返っていた。彼はまさに「義の人」だった。

 「なぜ、こんないらん世話をするのかな。いらん世話が僕の一生なのかな。こうしたグループが結びついてくれないかという世話焼きをしたいんだよ」

 彼は同人誌の刊行を通じて石牟礼道子と知り合い、谷川雁と知り合う。そして水俣闘争へ。だがそれは絶えざる苦難の道だった。

 「自分が出会った人たちに対して取るべき態度が取れていたかどうかを考えると、失敗の一生だったかなと思う」

 それはしかし、著作で結実した。

 義人は義人を知る。たとえば宮崎滔天だ。「悪事のあらん限りを尽くさざれば一生の損という言葉が世間一般の合い言葉になった」という拳の憤慨を渡辺は自らのものとする。

 「ひとつの精神的崩壊のただなかに私たちは生きることを強いられているのだなと思う。精神の崩壊とは社会のカオス化である。しかし、歯止めが失われてやりたい放題の世の中になったという印象が人々を支配したのは、なにもいまが始めてというのではない。歴史にはそういう時期が数々存在した」

 あるいはまた、イバン・イリイチへの共感。

 「あらゆる文明は原基の上に、制度化し人工化した二次的構築物をたちあげる。しかし、20世紀から21世紀にかけてほど、この二次的構築物が人工性、企画性、幻想性を強化して、生の原基に敵対するようになったことはない。一切の問題はそこから生じている。イリイチはこの自体を分析・描写した最初の人であり、最後は希望のないことを希望とするっきょうちに到った。私の心境もほぼそれに近い」

 義人は世を去った。新しい義人がまた生まれるだろう。
アルテリ 10号 | 橙書店  WEB SHOP (daidaishoten.shop)

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