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平成ノブシコブシが好きだったし、平成ノブシコブシを好きな自分が好きだった

先週の土曜日の深夜、「平成ノブシコブシのオールナイトニッポンZERO」の生放送があり、ずっとタイムフリーで聴くチャンスを探っていた。

探るもなにも早く聴けよって感じだけど、なんというか私にとって、「簡単には聴けないコンテンツ」なのである。

平成ノブシコブシのことは2002年ぐらいからファンで、特に2003年から2006年ぐらいまでは相当に好きで、ライブにもよく通い、その時期にやった単独ライブは全部行った。

吉村さんが「脇ならし」で深夜のショートネタ番組なんかに呼ばれるようになり、それから多分フジテレビの「世界衝撃映像社」で徳井さんが突然結婚していたことを発表したあたりから本格的にタレントとして売れ出し、その後もきちんとテレビ界で活躍というか、「良い位置」に落ち着き、それについてははっきり言って、めちゃくちゃ嬉しい。

売れてない時から見てる人が売れる時、大なり小なり「自分たちの中の彼ら」みたいなものから外れるタイミングがあって、そこでファンを離脱する、というケースはどんなジャンルのファンでもいると思う。

私はそれを「役目を終えた」と呼んでる。(ウチらという補助輪がなくても、もう走っていけるね?もうウチらはいらないよね?的な)

ただ、驚くべきことにノブシコブシはずーっと「ウチらの中のノブコブ(ノブコブって呼んだことないけど)」から外れることなくここまできてる超レアケースな芸人だと私は思う。

一方でそれは、まさしく本人たちもラジオ内で自虐していた「熱狂的ファンの少なさ」にも割と関係しているようにも思う。

はじめからずっと彼らは、「誰かの期待に応える」ことはしてこなかったように私は思う。だから、さっき言ったみたいな「私たちが支えてあげなきゃ!」みたいな感情を持ってるファンもいつもずっと少なかった気がしたし(笑)でもでもだから、自分たちが言うように「無味無色」な印象を人に与える一方、予測不能でドキドキさせてくれて、そしてそれが、今はテレビの座席の中でいい感じに作用してたりするのかも。

(「あのね、平成ノブシコブシってね、真剣に応援するような芸人じゃないんですよ。カリカのファンが、カリカのついでに応援するような芸人なんですよ」っていう話も、めっちゃしたいなぁ。雑に扱っているというか、こういう「愛し方」が彼らへの最大の賛辞だったのよな)

で、平成ノブシコブシという名が全国区になって久しい昨今、しかしすっかりコンビでテレビに出る姿を観る機会は減り、また仮にコンビでテレビに出たとしても、そこには「役割」がともなっているので、混じりっ気のない、ふたりのまるごしの会話を聞くなんてもう、本当に、相当ぶりで。

さっきも書いたように、どんな立場、状況になっても彼らの雰囲気は変わらないだろうという確信があり、なので「自分の大好きだった彼らのあの感じに久々に触れられる!」というとんでもないワクワク感と、一方で一抹の「いや、期待外れだったらどうしよう」への緊張で、もう、わけがわからなくなっており、とてもじゃないがリアルタイムで聴く勇気がでなかった。

で、放送から数日後、覚悟を決めて聴き始めた。

めっちゃ、「あの頃」だった。言葉の選び方、二人の距離感、話のテーマ、具体的にどこと挙げればきりがないのだけど、ちゃんと進化も退化もせず、冷凍保存されていた空気がほかほかで私の耳に届いた。

もう、本当に楽しくて、笑えて、良き時間だった。

その時、なんだかふと、涙が出てきた。

感慨深いという感情とはちょっと違って、あぁ〜私、本当にこの“平成ノブシコブシ”が好きで、そして”平成ノブシコブシを好きだった頃の自分は、自分のことが大好きだったなぁ”と思ったら、泣いていた。

私は人生の中であまり恋愛をしてきた経験がなくて、なので、昔のことを思い出すとき、リンクして思い出すのが、「その頃好きだったもの」であることが多い。

平成ノブシコブシを好きだった頃の思春期の私は、不器用で、命がけで、自分や未来を信じすぎていて、全部に本気で、そんな自分を揺るぎなく愛せていた。

それが「若い」ということなので、別にその頃に戻れたらとか戻らなくてはと自分を責めるわけではない、ただただ、もう本当にただただ、彼らと、自分のことを「純愛」していたな〜と思い出して、こみ上げるものがあった。

「自分を大好きだった頃の自分に戻らなくていい」と書いたものの、でもやっぱまぁ、そういう人生は頑固で割と最高なので、もう少しそういう要素があってもいいなと。

そういうことを放送を聴きながら思っていましたとさ。

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