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タバコの話

 祖父はヘビースモーカーで、一日の終わりの灰皿には吸い殻の山ができていた。文字どおり本当の山である。孫のぼくが来ているから、わざと作っているのかと思えば、祖母に言わせれば「毎日」ということだった。自宅の敷地内では所かまわず吹かし、庭には吸い殻を入れる水を張った小さな缶バケツをおいていた。長さが残り少なくなったタバコを投げ込んだ時の、ジュッという音が好きだった。
 当然、臭いがつく。祖父母宅の宿泊から帰ると、服に染み付いた臭いは一度や二度、洗濯した程度では落ちずに母を閉口させていた。
 いわゆる副流煙というものがある。その匂いが好きだ。さすがに歩きたばこをする御仁は近頃見なくなったけど、蒲田に住んでいた時分には割と嗅ぐ機会に恵まれた。ふとした拍子に香る(臭う)、数歩先を行くサラリーマン風の男性から紫煙が届く。その時着ている服によって、こちらも気分が違うのだが、大抵祖父のことを思い出した。そして不思議なことに、亡くなってからのほうが、より思い出すようになった。
 最近は電子たばこが主流である。確かに紙と比べて臭いはしない。だがどこか湿っぽく、他人に迷惑をかけずに自己完結している。とはいえ電子たばこにしたところで、この人は吸ってきたなという臭いは多少香る。聞くところによると、副流煙はよっぽどマシで、あたりにつく臭いというのもまた格段にマシらしい。無関係な人たちからすると、そっちのほうがよっぽど良いのだろう。それはそうだ。
 とはいえ、祖父の臭いが消えていき、皆が周囲に影響をもたらさずに一人でそっと消えていくのもまた、寂しいものがある。

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