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騙されて入所?

「私かい?あのハゲに騙されて、ここに来たんだ」
私があるYRHに勤務を始めたばかりの頃、何かあるたびにそうお話になる入居者がおられました。すでに90歳を超えており、認知症が進んでいるのか、もしくは遠い昔話かと思っておりました。

ある時、新しく入所される方の面談に立ち会いました。お話も終わる頃、年配の男性相談員が、その方にこう言ったのです。
「ここに来ればいっしょ。待ってるから」
それは、(こちらの施設に入所される日をお待ちしております。)という意味なのですが、接客の言葉遣いではないでしょう。タメ口ですか?これは良くないでしょう。

「騙された」と言われた入所者の当時のことを伺うと、立ち会った介護士さんのお話では、やはりあの相談員が「来ればいっしょ。待ってるから」と言葉にされたそうで、しかも先方は地方在住、遠くまでお見合いに来たと勘違いされたよう。だから、結婚するつもりで自分の生活圏から出て来たのに、「な〜に〜老人ホームかい!!」それ以来「あのハゲに騙された」となったとか。

笑い話のようなこのお話は、ご本人の勝手な思い込みには間違いないのだけれど、言葉遣いには充分な丁寧さが必要、誤解を受ける言い方は良くないですよね。
その相談員はすでに定年退職を迎え今は勤務されておりません。顔を見なくなってからはあの「騙された」も無くなりました。ただ、あれから100歳を迎えられたこの入居者は、思い込みがますます激しくなり、耳が遠くなった分声も大きくなり、男性が近寄ると杖で叩くようになり、ある日、談話室のソファのいつもの場所で息を引き取りました。


結婚に年齢は関係なく、何度でも結婚し、生活を支え合う 
あの100歳を過ぎていた方は、その時代の生きていく術であったと、女が一人で生きるには大変なことだったと、毛糸を巻きながら私にお話をしてくれました。
いつもお話の締めくくりは
「あんた一人かい。そりゃ苦労するね。私がいい人見つけてあげるよ。早く結婚したらいい」
毛糸玉を見ると、小さな目を見開いてお話しされたあのお顔を思い出しました。


*このお話は実話をもとにしたフィクションです。なお、「YRH」とは私が作りましたDAI語風の養護老人ホームの略語です。

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