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空気入れ

それは大学2年になりたての

花粉が舞う、くたびれた4月。

花粉症に悩まされ、体調が悪く

相変わらず僕は授業をサボり

部屋で漫画を読んでいる。

-ねえ、〇〇〇(僕の名前)、

自転車の空気入れ貸してくれない?-


と、近くで下宿してる

部活の同級生の女の子からメールが来た。

ガラケー。絵文字も何にもない

サバサバした帰国子女。



めんどくせえなあと思いながら

空返事をして空気入れをカゴに乗せ

自転車で約3分。

踏み切りを渡ったら彼女のマンション。
(恋人ではないが、以下彼女で)

一応ウブだった僕は駐輪場で彼女を待つ。

家に上がるのは緊張するし、

何より、彼女のことが

結構好きということがバレたくない。

部屋着の彼女がやってくる。

部屋着なのに化粧してることを揶揄したら

サラッと無視されて

-空気入れてみて~-

とサバサバ指示を出す。

-ん?これ、空気そんな抜けとらんよ?-
(その頃はまだ博多弁だった)

と呆気に取られる。

-おかしいなあ、、昨日は抜けてたような
気がしたんだけどなあ-

と、今思うと、白々しく呟く彼女。

彼女と2人っきりで

目と目を合わせるのは初めてだ。

一応ウブだった僕は帰ろうとしたら、

引き止められて

-ねえ、今日カレー作るから、
そこのコープ買い出し行って、
一緒に食べない?カレー好きでしょ?笑-

と、ニヤニヤしながら彼女が誘う。
僕が動揺するのを知ってる上で。

緊張するけど、
ただただカレーが食べたい欲求が勝り
なんやかんやテンション上がって
コープでルンルン買い出しをした。

僕はお菓子をカゴにぽいぽい入れたら

-やめときなよ、スナックばっかり-

と、ぽいぽい返却された。

我々はカレーを作るのだ!

決して、密かに気になる彼女の

パン〇ィが見たいからではない!

カレー曜日だから、作らざるを得ない!

という大義名分を得た僕は、

威風堂々と彼女のマンションに

吸い込まれていく。


彼女のマンション。

1Kの僕の下宿先と違い、2LDKだった。

ヨーロッパで暮らす両親が

たまに帰って来た時に使うからだそうだ。

彼女は某大企業の創業者の孫だ。

金持ちとか貧乏に無頓着な僕は、

-あ、畳気持ちいいわあ~-

と、和室で無邪気に寝転んでしまった。

緊張が解けて彼女の淡々としたペースに

引きずり込まれていたのかもしれない。


-足手まといだから、そこで寝てなよ笑-

と、戦力外通告を受けて僕は

遠慮なしに和室でポリンキーを食べる。

ワールドカップ特集を

テレビでグダグダやっていた気がする。

そう、沈黙が嫌だった。

2人っきりという現実を意識したら

ポリンキーが喉を通らなくなる。


手際の良い家庭的な彼女は

ちゃちゃっとカレーを仕上げて

ちゃぶ台に運んできた。


-さ、食べるからテレビ消しなよ-

と、お母さんみたいなことを言われ

静かにカレーを食べる。

-私のカレーそこそこ美味くない?-

-うん、そこそこやね-

-お世辞くらい言いなよ笑-

-僕もカレー結構得意やもん-

-みじん切りできないくせに笑-

と、彼女にリードされっぱなしで

慎ましく夕食を終え、

皿洗いくらいはと思い食器を運ぶ。

僕の皿洗いが凄く時間かかるので

-あーもういいもういい!笑-

と、またも戦力外通告を出してきた。


仕方ないので彼女の卒業アルバムを。

垢抜けなくて地味だけど凛としていた。

顔はすっごくタイプ。

いや、タイプだということに

あらためてその時気が付いた。

やばい、、可愛い。

入部(軽音楽部)間もない時は

お互い気が合わないと感じて

言葉を発しなかったのに。


そしてカレーはもうない、食った。

ここにいる大義名分はもう、ない。

帰るしかないと思ったら

彼女が部屋に入ってきた。

彼女の部屋なのだから。

卒業アルバムを一緒に見ながら

-お嬢様学校で浮いてるね笑-

と自虐的ネタで僕を笑わせる。

緊張を解こうとしてくれている。

甘えてばかりの情けない僕は

勇気を出して彼女を見た。

見たことない目をしてた。

-ん?笑-

と、彼女は照れ笑いする。

-僕、もうちょい〇〇と居たい、、-

と、勇気を使い切るつもりで呟く。

-えー、もう11時だよ-

と、突然ツンツンして僕を困らせる。

おい!とツッコミ返そうと

お互いに初めてちゃんと見つめ合い、

笑った気がする。

声には出してないけど目が笑った。




抱きしめ、、、た。

肩に手を回しただけだけど。

キスは、、、今日は無理だ。

恥ずかしい。

もしも彼女がキスしたくなかったら

キスしたがってる自分が恥ずかしい。





と、ごにょごにょ考えた

その、わずか2秒以内に

唐突に彼女が



-〇〇〇(僕の名前)、ゴ、ゴムつけて!-

めっちゃ頬を赤らめて叫んだ。






急遽脳内で予定変更を余儀なくされた僕は

猛ダッシュでサークルKサンクスへ

ゴム製品をゲット、サンクス。

彼女のマンションに慌てて戻ったら、


-〇〇〇って、デリカシーないよね笑-

と、布団から囁く。

-それはあんたやがな!-

と、心の中でゴムしてツッコんだ。

けど、

-僕ずっと〇〇抱きたかったんよね-

-照れ屋のくせにむっつりすけべ!笑
学校では馴れ馴れしくしないでよ!-

と、現実の言葉は、弾け合った。




沢山キスをした気がする。

寝転んだけど、朝まで寝なかった。

だから、きっと、

あの日の夜自転車の空気が抜けた。

ぷすん。






空気を抜くのが上手な人に

僕はなれているのかな、どうかな。

そして彼女も

ぷすん と抜けていてほしい。

そう願えることに気がついた。

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