見出し画像

ガレージバンドで世界へ/Tamuraryoインタビュー(前編)

2020年6月3日、ニューEP「No Word」をリリースしたアーティストのTamuraryo。リリース後、Spotifyでは70ヶ国以上で再生されるなど、世界中で大きな反響を呼んでいる。月明かり、空き地の雑草、カセットテープ...。
日常の何気ないモチーフも、彼に掛かるとメロウでディープなサウンドに様変わりする。うっとり夢見心地、それでいて、肌に触れるようなざらざらした質感。そんなTamuraryoの楽曲はどのようにして生み出されているのか?
今回のニューEP「No Word」制作の背景に迫る――。

(Interviewer: SABU)

【プロフィール】
Tamuraryo(タムラリョウ)
アメリカ(コネチカット州)出身。小学校の時に日本へ帰国。茨城県で育つ。2019年に初のソロアルバムをリリース。現在、ソロ、バンド両方でアーティスト活動を展開する。2020年6月3日、ニューEP「No Word」をリリース。

音楽との出会いとDIY精神

ーーこんにちは。今日は新作EP「No Word」の聴き所とともに、Tamuraryoさんのバックグラウンドなどもお伺いできればと思います。宜しくお願いします。

よろしくお願いします。

ーーそれでは早速教えて頂きたいのですが、音楽を始めた最初のきっかけはなんですか?

ピアノを習ってたのがきっかけかな。小さい頃から15歳くらいまで習ってた。作曲を始めたのは14歳くらいから。ピアノやってる人って中学生くらいになるとポップスかクラシックかに分かれるタイミングがあると思うんだけど、自分はポップスを弾くようになったのね。その流れで作曲を始めた。でも最初に作ったのはクラシックっぽい曲だったよ。
ギターは大学に入ってから。ギターで作曲するようになってから、ようやくポップスっぽくなった感じかな。大学を卒業してすぐに、初めてのソロアルバムを出したよ。

ーーどういう経緯で創作活動をするようになったんですか?

新曲を弾きたいけど弾ける曲がないから、自分でつくるみたいなのが最初かな。楽器が下手なのが大きかった(笑)。10年以上ギターやってるけど、いまだに「F」みたいなバレーコードが押さえられないし、声も低くて音域が狭いからカラオケとか行っても歌える曲がない。もう何にも演奏出来ない感じなんだよね。だったら自分でつくった方が早いじゃんって思って、それでつくりはじめた感じ。

ーーどういう音楽に影響受けてるんですか?

音楽的に影響受けたのは...レッチリのギタリストJohn Fruscianteのソロとか。大学時代に知って「この人大丈夫かな」って思いながらずっと聴いていた(笑)。一番大きいのはそれかな。「Niandra Lades and Usually Just a T-Shirt」って作品が特に好き。レッチリとは全然違うから聴いたら驚くと思うよ。

ーーそれ以前はどういう音楽環境だったんでしょうか。

子供のころはアメリカに住んでいたんだけど、日本に帰って来る時にうちの親がレコードとかを全部アメリカに置いてきたんだよね。ああいうのってかさばるから。それもあって中学まで、親が日本で買い直した中島みゆきのCDくらいしかなかった。で、高校の時、近所にTSUTAYAができて通い始めるんだけど、月のお小遣いが2000円くらいしかなくて。サッカー部だったから腹減って食い物に1500円くらい使っちゃうから、結局残った500円でTSUTAYAで1〜2枚アルバム借りて一ヶ月聴き続けるっていうことをやっていた。金もってる友達なんかは2000年代の新譜を聴いていたんだけど、俺は金がなさすぎて旧譜で安い90年代モノばっかり聴いていた(笑)。だから自分の音楽性にも90年代の雰囲気が残っている感じがあるね。Oasisとか、FugaziとかNirvanaとか。中島みゆきもちょっと残ってる。

ーーその中で特に自分に影響を与えた人物や考え方はありましたか?

Fugaziからは特に影響を受けて...アメリカだとイノセンス(純粋さ)みたいな感覚が大事にされるところがあるじゃない? そういうメンタリティの部分で凄く影響を受けた。小説だと『キャッチャー・イン・ザ・ライ』みたいな。ああいう感覚を日本で感じることは殆どないけど、個人的には自分の通奏低音になっていると思う。

Fugaziのメンバー

画像1

ーーどういうことですか??

想像混じりで話すけど(笑)、なんかアメリカ社会って基本的に大人になればなるほどクソだと思うのね。子供の頃とのギャップがだんだん大きくなっていく。そして、じゃあ社会と自分どっちが間違っているかっていうと、「どう考えても社会が間違ってるな」ってみんな薄々思ってる。そういう部分へのカウンターとしてパンクとか「ストレート・エッジ」(Straight Edge:ロック音楽などにおける思想・概念・ライフスタイルであり、ハードコア・パンクのサブジャンルを指す言葉)みたいな考え方があって、そこにイノセンスを感じるし、共感するんだよね。自分にも、世の中がクソな時にそこに迎合するんじゃなくて、自分のこのピュアなところを貫き通すっていうマインドセットがある。「世の中のルールは知ってるけど、いや、俺は俺でやるから」みたいな。
高校のころ何考えてたかなんて覚えてないけど、その頃に触れたマインドが根っこの方に残ってるよ。自分が思った通りに「DIY(Do it yourself)=自分でやるぜ」っていうのが好きなんだよね。

ファンとの交流から1ヶ月で67曲、全てGarageBandだけで制作

ーー創作を始めたきっかけもそうですが、パンクとDIYの精神が根っこにあるわけですね。

そうそう。そういうのもあって、6月3日にリリースした「No Word」ってEPは自分が使ってるmacのPCに最初から入っている「GarageBand」(*1)だけで、全部自分でつくったよ。

*1 アップルが開発・販売するmacOS/iOS用の初心者向けの音楽制作ソフトウェア

ーーえっ、スタジオに入ったりしなかったんですか。

それが、実は今回、ちょっと特別な理由もあって全部自分でやったんだよね。「音楽は趣味事件」って呼んでる事件があって(笑)。全部自分でやる必要があった。

――というと?

きっかけは、結構長く一緒に創作活動してる人にかけた電話で。「コロナ大変だけど今どうしてますか? 大丈夫ですか?」みたいな感じ。で、経済とか次のスタジオ入りとかの話をしてたんだけど、昼職をもつ兼業ミュージシャンとして〜みたいな話をしてたら「いやタムラくんの音楽は趣味でしょう」みたいに言われて。それで「はぁ?!」って、めちゃくちゃショックを受けたんだよね。そういう出来事があった。自分は「アート」だと思って音楽をやっていたのに、あっちは「趣味」だと思っていた、ということが判明したわけで。もちろん悪気があるわけじゃないし、実際まともな感性で見ればそうなんだけど、でも自分は周りにどう思われようと価値のある作品を作ってるつもりで。それが、共同作業者にすらそう思われてなかったっていう。

――それが「音楽は趣味事件」ですか。

そう。なんかどうでも良くなっちゃって「じゃあ趣味でいいですよ、趣味で。GarageBandかなんかでやりますわ」って言って、プラグインの話でもしようと思ったら、今度は「ビットレートが低いから音の話してもあんま意味ないよ」「Logic(*2)買いなよ」みたいに言われて、言ってることは正しいんだけど、もう本当に嫌になっちゃって。その時はもう落ち込み過ぎて「じゃあもう音楽やめますわ」ってバンって電話切ったの。

*2 Logic Pro X。 アップルによって開発・販売されている、macOS上で動作するMIDIシーケンサ及びデジタルオーディオワークステーションの機能を持つ音楽制作ソフト。2万4000円

ーーそんなことがあったんですね

別にその人が悪いとかは無いんだけどね。仲も悪くなったりしてないし、普通に話すし。ただ、周りから見たらただの自意識過剰だと思うんだけど、自分としては本当にショックだったよ。大切なところだからね。滅茶苦茶落ち込んだ。でもこの話はそこで終わらなくて。
その日、落ち込みすぎてSNSで「俺、もう音楽趣味にするわ」みたいなことつぶやいたのね。そしたら、たった2人だけなんだけど、俺の音楽を気に入ってくれてるフォロワーさんがすぐに「ええー」「やめないで」みたいなことを言ってくれて。それが本当に本当に嬉しかった。次の日になったら、落ち込みが怒りに変わってきて、もともとパンクが好きだし「じゃあもう全部自分でやったるわ!」って感じで一気に制作に入ったんだ。でもショックだったから、ただ制作に入っただけじゃなくて、そこで自分に「3つの縛り」をつくったよ。

ーー「3つの縛り」???

1つが「楽曲は全部Garage Bandでつくる」ということ。パンクだから。2つめが「絶対黒字にする」ということ。これはその人に「趣味でしょう」って言われた理由が「お金がまわってない」ってことだったから。3つ目が「前回のアルバム(*3)よりもヒットさせる」ということ。この3つを絶対やってやろうと思って。世の中と俺とどっちが正しいんだと。そこから1日5~8時間の楽曲制作を1ヶ月やったから、多分合計150時間以上音楽やった。曲が出来すぎて最後はナンバーで管理してたんだけど、短いモチーフも含めてナンバー67までいってた。つまり67曲つくっていた。今回はそのうちの4曲を出した、ということだね。

*3 2019年発表のアルバムInnocence Lostのこと。発売後1年弱経った現在でも毎月5000人以上のリスナーが聴いているロングセラーアルバム。 

ーーすごいパンク精神ですね! 全部一人でやったんですか?

曲は自分がつくったけど、ギターはKawai Jazzっていうヤバいバンドのギタリスト、千葉くんにお願いした。今回のアルバムは全曲、千葉君とのコラボなんだよね。1曲目から順番につくっていったんだけど、もうなんというか、彼のギターは異常なのよ。凄いだけじゃなくて、バッキングがソロっぽかったり、ソロがバッキングっぽかったり、ちょっと変というか。千葉くんについて話しても良い?

ーーもちろんです。

超絶テクを「変態」とかよく言うけど、あれって一定のルールに基づいて変態なわけじゃん? そうじゃなくて、なんというか「輪郭が滲んでいる」タイプの変さなんだよね。しかも彼すごく真面目で。1曲送ると、それに対して3〜4本くらいギターの演奏を送り返してくれるの。こんな良い人いないよ。それを俺が聴いて「あぁこのフレーズ最高、これも最高」って言って、どんどんカットして繋げて、パッチワークみたいにしていった。もともとソロじゃないところを移動させて無理やりソロにしたりとか、1回しか弾いてないフレーズなのに何回もループさせてみたりとか。切り刻みすぎて、もう普通のギタリストだと「俺はフリー素材か!」って感じで怒りそうなところなんだけど、千葉くんは「ああいいですね〜」とか言って、ミンチになってくれた(笑)。1本に聞こえるけど、実は2本繋げてあるギターソロもあるよ。あれは最高だったね。

ーーあまり聞いたことのないつくり方ですね。

そういうところがこのEPの個性になってるかもね。こういう音楽性でギターがメインってあんまりないから。ギターとヒップホップってあんまり混じらないんだけど、千葉くんはそれができる。お互いに球を投げ合って、受け止めて...っていう、完全にチームワークの作品だね。一人じゃ絶対できなかった。

Kawai Jazz-ssd サムネイル一番右が千葉氏

ーー素晴らしいギタリストと巡り会えてよかったですね。

本当、そうだね。あと大先輩たちの言葉も大きかった。俺は昼はマーケティングの仕事をしてるんだけど、最初はその仕事でやるみたいに、いろいろな人の反応を見てつくろうと思っていたのね。仲良い人たちに聞いてもらって、反応が良いのを選ぼうかな、みたいな。それをSNSでつぶやいたら、尊敬する人に「アートは細かい判断を積み重ねていくものだから、そこを他人に渡すのはどうかと思う」みたいなことを、めちゃくちゃ真剣に、誠実に言われたんだよね。本当おっしゃる通りで、頭ぶん殴られたみたいなショックを受けたよ。マーケティングっていうのは相手のニーズを集合で判断するスキームで、ビジネス的には俺が正しいのかもしれないけど、アートはもっと「個人」が出発点な訳で。そこのジャッジを他人に渡すのはナシだよなと。
自分が好きなパンク精神ー自分と世の中で、世の中の方が間違っていると思ったら絶対妥協しないーそれを思い出させて貰いました。

Tamuraryoのアーティスト写真。顔写真は公開されていない

画像2

ーー色々な人の影響を受けているんですね。

うん。影響っていうかサポートだよね。そういうマインドの再確認もあって、結果的には全部自分でやって「3つの縛り」は3つとも達成したよ。まだ入金されてないけど確実に黒字だし、前回よりヒットしたし、GarageBandなんか作業中何度もPCがダウンするからメモリ増設までやって、つくりきった。Garage Bandだとプチプチしたノイズが発生するから、レコードのプチプチノイズを全曲に入れて誤魔化したり(笑)、これ絶対必要ないだろって工程も全部やりきった。めちゃくちゃ清々しい気持ちだよ。やれること全部やったから。めっちゃ嬉しい。

ーーそれにしてもほぼ1ヶ月で67曲もつくるってかなりすごいですね。

そこは、音楽性が変わったっていうところが大きかったかな。今まではアコギで弾き語りが多かったんだけど、ガラっと変わってサンプリング、打ち込みがベースでヒップホップっぽい感じになっている。ボーカルもないインストだから、何やっても新鮮で、ガンガン楽曲づくりが進んだよ。仕上げている時は、さっき言ってた、SNSで励ましてくれた2人に聴いてもらいたいっていう思いでつくってた。前のアルバムよりリラックスした感じになってるのはそのせいだと思う。聴いて暗い気持ちになって欲しくないから(笑)。
結果的に一週間で2万回近く再生されたり70ヶ国で聴かれたり(6/12時点)とか反響もあって嬉しいけど、それはつくった「後」のことであって、広く聴かれるために何か変えたってことはないかな。

ーー今回の制作費は最終的にどのくらい掛かったんですか?  前作と違ってレコーディングスタジオを使用していないとのことですが。

結局、今回のアルバム制作費は5000円くらいしか使ってない。マスタリングが難しくて、自動でやってくれるLANDRっていうサービスに入ったけど、それだけ。昔買ったサンプルとかも使ったから、正確には一万くらいかな? ツルツルな音は難しいけど、俺みたいなざらつきのある音楽だったら、結構いけるみたい。
今から音楽を始めようって人たちにも、GarageBandでここまで出来るっていうのを伝えたいね。昔自分がパンクを聴いてギターを始めたみたいに、自分でもできるんだって伝わってくれたら嬉しい。

ーーそうですね、伝わると思います。それでは少し休憩して、次は今回のEPの内容についてお話を聞かせてください。

→後編はこちらです

(良かったと思う方は、是非いいねしてみてください!)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?