先生の思い出

小中高を通して、先生のことが、あまり好きではありませんでした。

子供相手だと思って漫画の名言をさも自分が思いついたように言ったりする先生。体罰の後に、妙にいいことを言って感動させようとする先生を見ながら、僕は「それの元ネタ知ってるで」「何に憧れとんねん、このおっさん」などと白い目で見てました。たまに、聞こえるように口に出すことすらありました。

高校2年と3年の担任だった先生は、いつもタバコの臭いをさせて、見た目は頼りなさそうな感じで、「のび」ってあだ名呼ばれてました。

のびのことをことを僕がどう思っていたかと言うと、好きとも嫌いとも、何とも思っていなかったです。

たぶん、高校生の頃には、学校の先生というものに、何も期待しないようになっていたんだと思います。

当時、僕は、連絡もせずによく学校を休んでいたんですが、そうするとのびから家に電話がかかってきて「アツシくんはいますか?」なんて本人に聞くものですから、「間抜けなヤツめ」と思いながら、「アツシはいません」と堂々と兄のふりをして切り抜けていました。

先生から見ると、ちょっとイタイ生徒だったと思います。

高3年になって、僕は、大学の推薦入試を受けることにしました。

その推薦入試は、数学だけの単教科試験で受けられ、僕は数学が得意だったので「楽そうやし、ちょうどええやん」と飛びついたんです。

推薦入試は、テストの他に原稿用紙4枚程度の「志望動機」提出が求められました。

早速、一番集中できる駅前のマクドナルドで、テーブルに原稿用紙を置いて、志望動機を書き始めました。

作文は、あまり得意じゃなかったのですが、とにかくそれらしいことを書いて、職員室で、担任ののびに「どうですか?」と見せました。

その場で一読したのびは真顔で「お前、こんなんやめとけや」と言いました。

お前、こんなんやめとけや???

僕は、意味がわからず、「え?え?」と聞き返しました。

すると、のびは、「お前らしくないし、こんな文章はやめとけ」と言うのです。つまり、書き直せ、と。

「わかりました」と引き返しながらも、僕は、釈然としませんでした。

「志望動機って、こんなもんと違うんか?」と思ってたんです。

でも、のびは一応、担任だし、数学の教師でもあったので、のびの意見を無視して志望動機を提出するのもどうかなあという感じでした。

もう一度、マクドのテーブルで、よくよく考えてみることにしました。「志望動機とは、どう書けばいいか」ではなく、「僕は、そもそも大学に行きたいのか?」「大学に入って、何を勉強するつもりか?」「卒業して、どんな人生を歩むつもりなのか?」

いま思うとちょっとびっくりなのですが、そんなことを考えるのは、その時が初めてだったんです。

で、一応、考えはしたんですが、他人に言えるような大したことは、何も思い浮かびませんでした。大学に行きたい理由は、人生の猶予期間が欲しいからだし、入って勉強するつもりはほとんどなく、大好きな映画を見ながら、なぜ創作物が面白かったり面白くなかったりするのか謎を解きたいに過ぎないし、卒業してからのことなんて考えたくもなかったけど、研究者か創作に関わる仕事ができたらいいなと漠然と考えている程度でした。

ただ、ひとつ、僕が他人と違うのは、映画を見るときに、出ている役者ではなく作っている人のことを考えていて、特にアイデアを出している人の頭の中身を覗いてみたいと想像しながら見ていることでした。

映画が面白かったり、つまんなかったりするのが、すごく不思議で、同じ監督なのに面白い映画とつまらない映画がある。この謎を解いてみたいと、当時の僕は本気で考えていたんです。

素直に、そのことを「志望動機」として書き始めました。

大学に入ったら、その猶予期間を使って、遊びながらも、創作物が面白かったり、つまらなかったりする、その分岐点の謎を解いてみたい。将来は、謎を解いた成果を活かして仕事をしていきたいというような内容だったと記憶してます。

まとまりにかける、ちょっと妄想的な文章だったと思います。

でも、推薦入試には、合格しました。

同じ高校の、僕より成績のいい人が落ちていたので、僕が受かったことに、周りも驚き、僕も正直驚いたんですが、「もしかしたら、のびにあの時『お前、こんなんやめとけや』と言われ、自分と正直に向き合って書いた文章が、試験官の心に届いたのかな」と思いました。

まあ、ただ単に、数学のテストの点数が良かっただけかもしれませんが。


僕は、紆余曲折あって、いま、映画ではないんですが、映像のアイデアを出す仕事をしています。

あの時、のびが言った「お前、こんなんやめとけや」の意味は、いまになると、よくよく分かります。

いまだに、企画書を書き上げ、迷った時、僕のことをよくみてくれている誰かに「お前、こんなんやめとけや」と言われないかなと、チェックし直すことがあります。

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