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バッドエンドには、つづきがある

30歳でCMの企画を書く仕事を始めたのですが、その仕事を始めて1年半ほど経った頃、チャンスが回ってきました。

当時、わたしは、結構ひどい生活をしていました。週に20から30本ほど企画案を書きながら、夕方から深夜までダラダラと打合せして、深夜25時から接待で飲みにいく。始発前にタクシーに乗って帰宅し、昼前に起き、企画案を練ってから昼過ぎに出社して、夜の打合せに備えて企画書作成と資料収集をする。まだ業界のことをよくわかっていなかったので、いつかはこんな生活も終わると希望を抱いていたんです。

その日は、突然やってきました。

あるアルコール飲料の企画打合せで、残ったコンテはすべて私が描いたもので、代理店のクリエイティブ・ディレクター(CD)が「次の打合せからはモリアくんだけでイイよ」という旨のことを言っているらしい! どういうことかと言うと、当時、ひとつの案件のプランナーは、少なくて3人、多いと8人ほどになりました。企画打合せでは、3から8人のプランナーが、「わたしの企画が一番面白いですよ」とプレゼンし、残った企画案を描いた人間だけが、次の打合せに呼ばれるのです。何を残すのかを決めるのは、CDです。つまり、CDは、その時、その場所では、神様なのです。

神様から「次の打合せからはモリアくんだけでイイよ」と、たったひとり選ばれたのですから、それはかなり嬉しかったんです。

CDとマンツーマンの打合せは、張り切ってもいましたし、ちょっと緊張もしてました。10歳以上も年上の他人と、1対1で企画について(つまり何がよいかについて)話し合うのは、なんとも慣れないことでした。アルコール飲料のCM表現について、タレント起用について、ビールと発泡酒と第3のビールの違いについて、ワインについて、業界の変化について、歴史を変えたCMの思い出について、伝え聞くApple CM制作秘話など。毎日、ふたりで話し合いました。話し合ったと言うか、わたしはほとんど話を聞いていました。

結論から言うと、1対1の打合せは、失敗でした。わたしに求められていることは、CDが雑談をしながらパッと思いついた企画の種を、サササッと要を得た絵コンテに仕上げることと、企画の種を思いつくまでのよい話し相手になることでした。それは、当時のわたしのコンテ作成能力、アルコール業界のCM表現に関する知識、経験からすると到底無理な話でした。5回目くらいの打合せで、経験豊富なディレクターが呼ばれ、わたしはディレクターからアシスタントに格下げされることになりました。

プロデューサーに呼ばれ、そのことを告げられた時、わたしは「そんなこと(仕事を始めて1年ちょっとの僕に)できるわけない!」と反論しましたが「お前は1年ものあいだ何をしていたのだ?」「なぜ、資料室でアルコール業界のCMを片っ端からみて研究しておかない?」と突き放されました。

どうあがいても、その時のわたしには乗り越えられない壁でであったことが、振り返るとよくわかります。仕事をしている時は、この時の失敗が、頭から消え去ることはなく、2つの声がいつも囁いている感覚があります。

ひとつ目の声は、「いま、もう一度同じ状況(CDとのマンツーマンの企画会議でサササッとナイスな絵コンテを書き上げる)に置かれたら、難なくこなせるようになったのだから、それは成長であり、喜ばしいことである」

二つ目の声は、「またいつか、見たこともない、到底乗り越えられない壁がやってくる。その時は、どうやって乗り越えるのか、あるいは乗り越えられないのか」

コロナ後は、私のいる業界にも、変化が起こることが予測されます。今までやってこなかった手法で、今までとは目的も見た目も異なるコンテンツを作ることが求められるのかも知れない。それは、乗り越えられない壁がやってくる可能性が高まっているということです。

僕に回ってきたチャンスは活かせずにバッドエンドだったんですけど、ストーリーは、まだ終わってないんですよね。仕事している限り、ずっとつづいている。

(おわり)

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