池の底
【シークエンス】
半年に一度くらいかな、この数年は。思い出すの、藤沢くんのこと。藤沢くんは?
オレは、もっとかな。詩を書いていたから
詩を書いていたの?
うん、詩を書いていた。詩を書くってことは自分の内側と向き合うことでもあるから、それで
それで思い出していた
うん、それで思い出していた、祐子のこと
わ、名前で呼んでくれるんだ、ドキっとした
あ、ごめん、じゃあ、柏木さん
ん、名前でいいよ。旧姓はもう聞き慣れないしね。……それにしても十七年だよ、すごいよ
あっと言う間だ
そうかな。わたしは結婚して子供を二人も産んだ。藤沢くんも結婚したよね
フェイスブックで見たよ。下の子? きみにそっくりな男の子
やだ、見たんだ! そう、わたしそっくりな息子。かわいいでしょ。だからいろいろあった。あっと言う間じゃなかった
オレも結婚したし、いろいろなかったわけじゃない。ただ、こうして17年ぶりに会って、それだけの時の長さを感じていない。だから、あっと言う間
そうか、そうかもね。あっと言う間
あっと言う間さ
もし、また10年後、20年後に会っても、あっと言う間かな
うん、あっと言う間だよ
じゃあ、おじいちゃん、おばあちゃんになって会っても、あっと言う間だね
うむ。とても複雑な気持ちだし、いま考えたくないけどね
んん、わたしもリアルに考えたくない
さっきの息子の話
ん?
きみの息子がきみにそっくりな顔をして写真のなかで笑っているのを見て、きみはパラレルワールドにいるのかと思った
どういうこと?
きみとあのまま一緒にいたら、あんな子供がいたんだって、もう一人の自分が写真の向こう側に見えたんだ
ふぅー、ため息出ちゃうよ
言わないほうがよかったかな
そうじゃなくて。だから、藤沢くんは詩人なんだね
言わないほうがよかったな
ドキっとして、17年を一気に遡った
でもね、17年前を後悔しているわけじゃないし、この17年を否定しているわけじゃない
うん、そうでなきゃ困るよ
ただ、きみのことだけじゃなく、このところ、いろんなものが記憶の底から勝手に出てくるんだ。ほら、この池の底にも古い自転車や思いのこもった手紙や野球のボールなんかが沈んでいて、かいぼりをすると干上がった底に横たわっている。前に見たことがあるんだ。記憶の底に似ている、と思った
そうなんだ。……わたしも見てみたいな、池の底
また、いろんなものが沈んだあとかな
そうだね、また、いろんなものが沈んだあとに
あっと言う間だよ
あっと言う間だね
……いつか、きみにそっくりな息子に会いたいな
んー、ダメ。絶対に会わせない(笑)
tamito
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