タイムマシーンがあったらなんて、きみが言ったりするものだから

【小説】

 

 タイムマシーンがあったらなんて、きみが言ったりするものだから、ぼくは様々な文献に目を通し、ついには80年代に製造されたそれをロシアの廃工場で手に入れた。
 観覧車の古びたゴンドラのようなタイムマシーンを目の前にして、きみはぼくを見て訝しげに訊く。
「これほんとうにタイムマシーンなの?」
 ぼくはタイムマシーンのタイムマシーンらしさとタイムマシーンらしくなさについてきみに、たっぷり二時間かけて語った。タイムマシーンについてのきみの理解をなかば強引に得てぼくらは、ふたりでタイムマシーンに乗り込もうとして貼り紙を見つけた。
〈二人乗り禁止〉
 もちろんロシア語だ。
 結局、テストランの意味も含めてぼくひとりでタイムマシーンに乗ることになった。行先は1995年、きみとぼくが出会った記念すべき年だ。
 二十年ぶりに見る十五歳のきみはこんなに子供っぽかったんだと新鮮な感動を覚えた。ぼくは物陰から若すぎるふたりをこっそりと眺めた。そして、ふたりにあるプレゼントを残して現代に戻る。ふたりの喜ぶ顔が目に浮かぶ。
 
 現代に戻るとそこにきみがいなかった。ぼくはきみのマンションへ行きベルを鳴らしてみる。すぐにきみはドアを開け、ぼくを見ると眉を寄せ怪訝な顔をする。
「どなたですか?」
「え、ぼくだよ」
「あれ? もしかして藤沢くん?」
「そうだけど、えっ」
「ひさしぶりだね。高校卒業以来かな」
 きみの後ろにはきみとよく似た男の子がきみの足にまとわりついている。
 きみのマンションを後にして夕暮れの道を歩く。そしてぼくは気づいた。ぼくは歴史を変えてしまったんだ。あのプレゼントがぼくらの歴史を変えてしまった。
 ぼくらがつきあい始めたのは高校を卒業した後で、でも十五歳のときから互いの気持ちに気づいていた。だからぼくはこっそりきみの鞄にラブレターを忍ばせて、関係を前倒しにしようとしたんだ。その結果、戻った〈いま〉が別の未来になってしまった。ぼくはもう一度二十年前へと戻り、ぼくの愚行をとめようかと考えた。
 結局、ぼくはタイムマシーンの行先を、はじめに過去に戻る前、つまりは数時間前に設定し、そして〈ぼくら〉がその場所に来る前にそのタイムマシーンを壊した。これでぼくらの未来は取り戻せたと思った。
 もう一度〈いま〉に戻ったぼくは急いできみのマンションに向かった。ドアの隙間から顔を覗かせたきみは「あ、藤沢くん」と笑顔で言った。よかった。ぼくは安堵した。でも、その足元にはやっぱり男の子がしがみついていたんだ 。
 そうだった。〈一度分岐した過去は、直接的な原因を排除しない限り元には戻らない〉。ぼくはロシア語の説明書の一文を思い出した。
 分岐のキーとなる起点のタイムマシーンを壊してしまったから、もう二度と元の世界には戻れない。きみとぼくの十五年に及ぶ長い歴史は消えてしまったんだ。ぼくはもう一度だけ、このタイムマシーンを使い、そして壊そうと決めた。行先は1995年、きみとぼくが出会った記念すべき年だ。

 ラブレターをきみの鞄に忍ばせた翌日に行き、ふたりの様子をこっそり見る。放課後の屋上、きみがぼくに恥ずかしそうにラブレターの返事をしている。ふたりは卒業までには別れてしまうのだけど、いま、この瞬間にとても幸せそうで、ぼくは胸のなかが温かくなった。せめても二十年前のこの光景を確認できてよかった。帰ろう。きみが他人となってしまった世界へ。
 ぼくはタイムマシーンに乗り込み、行先を現代に合わせた。

(おわり)

 

tamito

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