リセットボタン
【詩】
ぼくは7年間でおよそ10万体のゾンビを倒した
その間にたぶん3千回はゾンビに喰われた
そして命が尽きるたびにリセットして闘った
8歳から14歳になるまで7.4畳の部屋のなかで
24インチのテレビモニターに向かった
リセットのたびにぼくは食事をして歯をみがき
自慰行為に耽り犬の散歩に出かけた
特に明け方や夕方にリセットしたときは
率先して犬の首輪にリードをつけた
犬が満足するまで散歩につきあい
河原の土手に座り犬を撫でながら空を見た
大量のゾンビを倒したあとの空は格別だった
同じように犬を連れた親子や老夫婦
手をつないだ中学生の男女がぼくの前を通りすぎた
こんなにも平和な世界があるんだと
散歩のたびに新鮮な感動を覚えた
ぼくがゾンビを倒している間にも
この世界は実在していたのだろうか
ぼくは現実と虚構の違いについて考えた
ぼくの現実は明らかにゾンビと闘う世界だ
その世界にいる時間のほうが長いからだ
だとしたらこうして空を見あげるぼくは
朝の夕の涼やかな風に吹かれるぼくは
いったい誰なのだろう
この問答は危険だった
ゾンビを退治して世界の平和を取り戻すぼくの
アイデンティティーが揺らぎかねない
それでも犬の散歩のたびに考え続けた
このふたつの世界がひとつにならないかな
この世界のリセットボタンはどこにあるのだろう
7年間ぼくは考え続けた、そして
ある日両親が離婚して母親が出て行った
父親はほとんど家に帰らなかった
ぼくはリセットのたびにキッチンで食糧を漁った
家のなかの食糧が尽きるとお金を探した
現金は予想以上に家にあった
だから旅に出ようと決めた
とにかくこの街から出ること
それが始まりだと思った
ぼくは海に行くことにした
ある朝、父親が出かけたあとに家を出た
駅で行き先を決めたがキップの買い方がわからなかった
電車で乗り換えするたびに誰かに教えてもらった
この世界の人たちは予想以上に親切だった
そして目的の駅に着いて海に向かった
海は子供の頃に来て以来だった
水平線が見えた
とんびが凧のように空に浮かんだ
波打ち際を裸足で歩いた
海は冷たかった
足跡が波にさらわれすぐに消えた
足跡は波にさらわれ元に戻った
波は寄せては引いた
波は引いては寄せた
波頭がきらめいた
沖に巨大な貨物船が見えた
貨物船の行方を考えた
行ったこともない国の港が見えた
港に集まる人たちが見えた
この世界の広さを感じた
リセットボタンのことは忘れていた
日が西に傾き雲が茜色に染まるまで
ぼくは海と空を眺めていた
tamito
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