明日への宿題

【詩】

目覚めが恐ろしいと彼女は言った

覚醒した瞬間から不安が胸を覆い

現実が心臓を鷲掴みにする

慌ててピルケースから薬を取り出し

ペットボトルの水で胃に流し込むが

そんなもの気休めだと彼女は知っている

きっかけはささいなことだった

つまらない小さなミスを繰り返し

それまで普通にできていたことに

ふと、自信をなくした

まわりを見ると誰もが何の問題もなく

一のものをニにして三のものを四にしていた

彼女はなくしてしまった自信を探した

オフィスの引きだしのなか

更衣室のロッカーのなか

今朝来た道の植え込みのなか

でもどこからもそれは見つからなかった

それの不在は彼女の不安をさらに掻き立て

雪だるまのように徐々に大きくなっていった

現実の世界に拒否されているよう感じ

彼女は夜、眠る時間を待ちわびるようになった

眠りの世界は彼女を優しく迎えてくれた

それでもやすらかなときは短く

現実がベッドの隣にやってきては

彼女の寝顔を覗きこみ声をかけた

「明日の宿題はやったのか」と

彼女にとって睡眠は安堵と不安の背中合わせだった

そう宿題だ

真夜中にリビングのテーブルにひとり

彼女はペンを走らせ続けた

思い浮かぶすべての気持ちを言葉にして

記憶を掘り起こしては積もった埃をはたいた

先の未来を見ることはできなかった

前を向くには宿題の量が多すぎた

だから彼女は過去を見ながら後ろ向きに

時間の進む方向へとゆっくり足を進めた

そうして彼女は少しずつ前へ進んだ

ときたまの友人が語りかけた

「こうして後ろ向きに歩くのもいいね」

そして「じゃあ、また」と言って

友人は踵を返し再び前へ歩きだす

彼女の歩は遅いでもそれが精一杯の

歩くということなんだ

tamito

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