彼女の悲しみ

【詩】

 

彼女はいつも自分を完璧にコントロールして

間違った判断をしないよう細心の注意をはらった

そしてこの世界をうまく渡り歩いて

いつのまにか半生と言える年齢を過ぎた

彼女のまわりには彼女を愛する人たちがたくさんいて

自分は幸せだと思うことに疑問を挟む余地はなかった

彼女は思うきっとこのまま残りの半生も

これまでのように過ごしてゆけると

知人の葬儀からの帰りに線路沿いの道で

満開の紫陽花をしばらく眺めふと

毬のような一輪を折り手にした

重なるように咲く花びらのなかに

小さな一匹の虫が蠢いていた

彼女は我に返って仲間たちのもとへそれを戻した

花は満開のなかへと紛れ区別がつかなくなった

でも明日の朝になればそれがほかとは違うこと

ほかとは違うことはわかりきっていた

彼女は急ぎ足で駅へと向かったそして

電車のシートに腰をかけても来た方角を振り返らず

まっすぐに家へと向かった

あと30メートル、家を目前にして彼女は転んだ

アスファルトについた両ひざがひどく痛む

大人になってからこんな風に転んだことなどなかった

彼女は急に悲しくなった

悲しみはさらに悲しみを呼んで深い沼のようになった

どうしようもない悲しさを彼女は受け入れようとした

そして右足を立て左足を立てた

沼のなか両足で立ち上がり彼女は

涙を堪え、右足をゆっくりと踏み出した

 

 

tamito

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#詩 #彼女の悲しみ

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