八幡の山
木曜日
午前10時
自宅は2階にあるため周囲の畑や山、天気が悪くても富士山が見えるほどの見晴らし
開けていた窓からモンキチョウが入ってくる
荒れた左手の平で迎え入れる
晴れているため電灯をつけていないがその周りをゆったりと飛んでいる
とても初対面には見えないほど馴染む
寧ろずっとこのままで居たい程の景観
モンキチョウは新緑に澄んだ空気によく似合う
そもそもどうしてモンキチョウは入ってきたのだろうか
それは窓を開けていたからか
それではどうして窓を開けていたのだろうか
それは晴れていたから
ではどうして平日の午前中に家にいるのか
それは木曜日が休みの仕事だから
ではどうして木曜日が休みの仕事をしてるのか
それはきみを安心させる短絡的な思考のせい
そのすべての偶然が重なったひとつの奇跡を、10年前から住み着いてるように揺蕩うモンキチョウがわたしは好きだ
そしてきみは去り、木曜日は私が生まれた曜日いう事と、エンジンブレーキのような役割という感覚だけが残った
そもそもきみがいれば僕は今ここにはおらず、窓を開け外を眺めてもおらず、モンキチョウは飛んでこなかった
それ以前にきみに出会わなければ
窓を開け外を眺めてモンキチョウが飛んできても、手の平で迎えることはなかったろう
モンキチョウを迎える手の平で
笑顔と喜びと微笑みと恋慕と納得と労いと謝罪と後悔と希望と未来と離別を包んだ
日常の自室をこんなに大きな感情で包んでくれるモンキチョウ
そういう気持ちを持たせてくれた人と出会えてよかったことはもちろんだけど、きみと別れたこともよかったんだね
今となっては
時間が経ち全てが美しく見える今となってはそう思える
時間が経てば過去は清算される
それは巷でよく言われているような、時間が解決してくれるというわけではない
幸せとは、どうにか忘れよう乗り越えようとしてなんとか行動をして何かをして何かを見て何かを聞いて誰かに話してそれでも変わらなくてもがいて苦しんで噛み締めて堪えて堪えて排出して、気づいたら飛んできたモンキチョウのようなものだ
時間のおかげではなくてあなたの力
もう何も無くなったと思った時に残っている、いや、残っているなんて言葉では表せないほどに大きくは気づけない、当たり前で側にあるもの。
それはすごく大人しいから特別な存在とは気付きにくい
そういうことがきっとあなたを助けてくれる
永遠に分岐するその時間の中で
すべてのひとつがきみでよかった
すべてのうちの一つの奇跡は気づいたら去っていた
窓を開けたままにしておく
そしてまた新しい奇跡がやってくる
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