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ファストパス談義─ディズニーリゾートに革命と事件を起こす

この内容は、次回の記事で大々的に取り上げるつもりでしたが、あまりにも一大スペクタクルになってしまったので、個別で取り上げます。
(2021年7月現在、ディズニー・ファストパスは発券していません)

ディズニー・ファストパスとは

堀井憲一郎氏は、『東京ディズニーリゾート便利帖(第3版)』で「ファストパスはディズニー公認の横入りチケット」と端的に述べている。非常に好き。そして、確かに、それ以上でも以下でもないのだからおもしろい。

では改めて、ファストパスはディズニー公認の横入りチケットである。入園に使用したチケットのQRコードを使って、各対応アトラクションの近くの発券所で発券可能だ。例えば11:30-12:30などのように特定の時間が定められていて、この時間に戻ってくると「ファストパス・エントランス」から直接入場できる。そして、乗り場の近くで「スタンバイ・エントランス」から並んだゲストの通常の列と合流する。そういうわけで、文字通りの「横入りチケット」である。
ファストパスにはいくつかのルールがある。ひとつめが、各チケットにつき一枚発券できるということ。つぎに、各アトラクション専用のファストパスしか原則使用できないこと。そして、①最後のファストパスの発券から2時間経つ、または、②最後に発券したファストパスの利用時間になる、このどちらかの時刻を過ぎると次のファストパスが発券できるということだ。
ファストパスは、新規オープンのアトラクションに期間限定で導入されるなどの例外を除けばふつう、「モンスターズ・インク“ライド&ゴーシーク!”」や「センター・オブ・ジ・アース」などの大人気アトラクションにつく。そのため、120分とか180分の列を10分程度に縮めてくれるファストパスはそれはそれは大人気なのだ。

みんな、ファストパスがほしい。めっちゃほしい。少しでも多く欲しい。だからこそ、ファストパスは各アトラクションの近くにあるファストパス・チケッティング(発券機)で発券されることや、指定の時間にはアトラクションに戻らなければいけないことなどを加味して、ゲストは戦略的にパークをまわる必要があった。
例えば、東京ディズニーシーの比較的手前にあるアトラクション「タワー・オブ・テラー」のファストパスを取得して「レイジング・スピリッツ」にスタンバイし、「マジックランプシアター」のファストパスを取ってそのあともう一度「タワー・オブ・テラー」のファストパスを使いに帰ってきたりすると、パーク内を行ったり来たりで大変になる。だからといって、人気アトラクションはパーク中に点在しているから、駆け回らなければいけない。そこで優先順位をつけたり、ファストパスが出切ってしまうのが早い順を見極めたりするのが、醍醐味の一つになっていた。

東京ディズニーリゾート・アプリのファストパス

2018年7月5日の「東京ディズニーリゾート・アプリ」リリースからおよそ2週間後、7月16日にはアプリで「ディズニー・ファストパス」の取得が可能になった。更に、この1週間後の7月23日に、ファストパス対象アトラクション「ソアリン:ファンタスティック・フライト」がオープンした。
この「ディズニー・ファストパス」のアプリ化は、東京ディズニーリゾートにとって大きな転換点と言って差し支えないだろう。

直接!

上述したように、ディズニーパーク内をファストパスを求めて縦横無尽に右往左往するのは非常に大変だ。この役はだいたいお父さんがやることになっていた。特に東京ディズニーシーの場合、橋や階段、まわりこまなければいけない海や川、そしてエントランスからみてあまりにも縦長な地形が災いして、多少の遠出も一苦労だった。

ところが、アプリならばその必要はない。パークのどこにいたとしても、すべてのアトラクションのファストパスを自由に取得できる。このことで、ファストパス発券機まで移動する必要がなくなるのだ。このことで、パークをまわる際の苦労が大きく軽減された。

しかし、簡潔に申し上げれば、このことは本題ではない。それは、ファストパスの従来の機能が単にオンラインに移築されただけのことで、勿論素晴らしいが、真の価値は別のところにあると私は考える。

ファストパスの「射程範囲」

従来の「ディズニー・ファストパス」は以下の立場を取る。
「ディズニー・ファストパス」は、ファストパス発券機にチケットのQRコードをかざして発券する。また、「ディズニー・ファストパス」の情報は「チケットそのもの」と接続されている。なぜなら、それぞれのチケットには以前に発券したファストパスから2時間後(またはそのパスの利用時間)までは新たなファストパスを発券できないというルールが付加されているからだ。ここから、「ディズニー・ファストパス」が扱っているのは「予約の紐付けされたチケット」なのであると言うことができる。

例えば、Aさんがチケットを持っていなかったら、(当然エントランスをくぐれないので)Bさんの代わりにファストパスを発券することができない。BさんのチケットはBさん自身が発券する必要がある。
否、正確には、ディズニーパークにとってAさんは存在していないも等しいことになる。なぜなら、Aさんはチケットを使用して入園してはいないからだ。チケットは、ディズニーパークの戸籍なのである。そして「生まれていない人間の戸籍は存在しない」みたいな話で、とても当然のこととして理解されるだろう。そして、存在しない戸籍からはいかなる福祉の支援も申請できないだろう。
なお、例外的に、Bさんが友人のCさんにチケットを預ければ、このチケットを使ってCさんは2枚のファストパスが発券できることになる。しかし、このときBさんは既にパーク内に入園しているはずだから、物理的にはBさんがチケットを発券することが可能なはずだ。その点で、このことは大きな問題とはならない。

従来のウェブサービスの「射程範囲」

一方、従来の東京ディズニーリゾートのウェブサービスは「予約そのもの」を扱っていた。いわば、実在する肉体と一切紐付けされていない、「関係性そのもの」の取引である。

具体例として、レストランの予約サービスがある。レストランの予約は「プライオリティ・シーティング」(つまり優先着席)と呼ばれていた。東京ディズニーランド・ディズニーシー共に6〜7軒程度のレストランで実施している「プライオリティ・シーティング」では、電話番号と名前があれば予約が可能だ。これは言い換えれば、電話番号と名前さえ知っていれば、他人であっても予約が可能ということだ。

先程の例を用いれば、Aさんはチケットを持っていなくても、Bさん名義でレストランの予約をすることができる。そして、当日はチケットを持ったBさんがレストランへ行けば、Bさんはレストランを利用できる。それは、レストランの予約情報が、厳密にはBさんではなく「Bさんの名前」と紐付けされているからに他ならない。現実世界でも、ファミリーレストランの順番待ちやスターバックスのカップなんかは、別に本名じゃなくとも罷り通る。あるいは、マクドナルドのレジではレシートに記載の番号で商品の受け渡しのアイコンとしている。それは、いずれの場合も、名前は個人と紐づいておらず、あくまで予約情報の存在を証明するものに過ぎないからだ。

アプリ化で射程をロングに

そのため、「ディズニー・ファストパス」をウェブ世界に起こすにあたり、東京ディズニーリゾートのウェブサービスはついに「予約情報」そのものを扱うものではなく、「予約情報の紐付けされたチケット」を手に入れたと言える。この点こそ、ファストパスのデジタル化の重要だった点のひとつなのではなかろうか。ウェブのファストパスを取得するにはディズニーeチケットを使用しなければいけない、または、紙のチケットをスマートフォンカメラを通してeチケットに変換する必要があるのだ。そして、ゲストのチケット情報は「東京ディズニーリゾート・アプリ」に移動していき、チケットの一般認識が紙からスマートフォンに変わっていくのだ。

これは言い換えれば「代替不可能」性があるということである。BさんがBさんのチケットを持っている限り、ファストパスはBさんのチケットに紐付いていた。これからは、そのチケットがスマートフォンの中に入り、更にファストパスの発券まで請け負うのだから、BさんのアプリはBさんのチケット代わりとなって振る舞う。「東京ディズニーリゾート・アプリ」がチケットのように振る舞うことで、ゲストは、スマートフォン抜きでディズニーパークをまわることなどありえないと考えるようになる。

人質戦法

さて、新型コロナウイルスの影響で入園者制限を行うようになってからは、アプリの機能が拡充したことに触れるとこのことの功罪も浮かび上がる。言い換えればこの「代替不可能性」は、「人質をとっている」とも言えるわけだ。

当日のパークチケットの販売が中止になったのだ。その影響で、オフィシャルウェブサイトまたはこのアプリからチケットを事前購入しなければ、入園できなくなった。その関係で、従来の紙のチケットが使用されなくなったので、ゲストは必ずスマートフォンを使わなければ入園できなくなった(現在は、コンビニエンスストアや旅行代理店でも購入可能)。

「ディズニー・ファストパス」が中止になった代わりに、「スタンバイパス」と「エントリー受付」という二つの機能が登場した。「ディズニー・ファストパス」は、「特別なエントランスから短い待ち時間で入場」するためのものだが、これら二つは異なる性格を持つ。
「スタンバイパス」はその名の通り、「スタンバイエントランスに並ぶ権利」のパスポートである。「スタンバイパス」を取得すると、指定の時間にエントランスに並ぶように指示されるため、その時間内であればスタンバイエントランスに並ぶことが許可されるというものである。そのため、それ以外の時間にアトラクションを訪れても入場することができないことがある。
「エントリー受付」は、「指定された時間の入場を申し込む」ものである。そのため、指定された時間の枠がいっぱいになるか、多くの人が申し込むことが予想された場合には、受付が受理されず、その施設の受付は当日中行えない。

この「スタンバイパス」と「エントリー受付」がほとんど同じものなのに別の名前で流通していることはまた今度議論するとしよう。しかし、着目すべきは、こうした「ナチュラルな選民」が「ディズニー・ファストパス」のアプリ化により可能になったということなのだ。パーク内にいる人は必ずスマートフォンを持っているという前提のパーク運営が可能になったことで、結果的に「スタンバイパス」や「エントリー受付」などのシステムが現れてきているわけだ。

そして、そのせいかお陰か、東京ディズニーリゾートのデジタル化は益々進んでいくだろう。これは、必ずしも機能の拡充のみを意味しない。人気アトラクションやショーの利用に「スタンバイパス」や「エントリー受付」が前提となった今、否、そもそも入園のためにディズニーeチケットの購入が必要な今となっては、スマートフォンを利用しない楽しみ方は許容されなくなっていくのではないか。この議論は次回記事に譲ることを、どうかお許しいただきたい。

おわりに

いずれにせよ、「東京ディズニーリゾート・アプリ」のリリースから僅か1週間後に公開されたデジタルなファストパスは、アプリを開発する上で大前提の命題となっていただろう。ファストパスは、ファストパスのデジタル化それ自体以上に、スマートフォンで扱えるディズニーeチケットを普及させる上で大きな役割をもったと言えるのではないか。その点、「ファストパスはすごいぞ」ということで筆を置きたい。

追記:ファストパスをもっと楽しむために

現在、ディズニー・ファストパスは発券を行っておりませんが、友人たちのおもしろい記事を読んでファストパスを発券した気分になってください。


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