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新訳・畜犬談

下記、10年前に書いた散文であるが、気分が太宰乗りになってきたので転記する。
ちなみにこれに登場する犬は数年前心臓を患って亡くなった。生きていれば今年15歳であった。
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2010/3/30
新訳走れメロスがあるならば、新訳畜犬談があってもおかしくは無いはずである。
完全にノリで書いた為、恐ろしくて通しで読み返せないのでここに書き逃げしていく。
いつものことながら、長文乱文御免。では。
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私は犬については自信がある。いつの日か、必ず使われるであろうという自信である。よくぞ今日まで邪険に扱われもせず無事に過ごしてきたものだと不思議な気さえしている。
諸君、犬は狡猾な動物である。
普段は上目遣いに人間に媚び諂い従順なフリをしているが、それは人間の寝首を掻かんと様子を伺っているに過ぎない。そもそも人間の方が高い能力を持っていると何を以って言えるのか。耳鼻性能、運動能力から言えば、犬の方が上である。いつなんどき、猿の惑星の如く人間を征服するかわかったものではない。犬と会う時は常にかならず盾を手にしていなければならぬ。少しの油断もしてはならぬ。世の多くの飼い主は、自ら懐に牙を抱えた反乱因子を養い、これに日々僅かの残飯を与えていると言う理由だけにて、まったくの油断もせず、ジョンやジョンやなど、気楽に呼んで身辺に近づかしめ、子供の玩具などを与えてほくそ笑んでいる図にいたっては、戦慄、目を覆わざるを得ない。
とはいえ、犬にまんまと騙されるのもあながち馬鹿には出来ない。犬は実に取り入るのが上手い動物である。私の姉の家に三匹ラブラドールレトリバーが居るが、犬は皆一応にして自分がどのようにすれば可愛いと言われるのかわかって行動しているとしか思えない。写真を撮る際でもピクリとも動かないどころか、その場に伏せって前足を組み、斜め45度に首を振り「どうだ。可愛いだろう」と言わんばかりにすまして見せるのである。見ていて背中がゾワゾワする程の計算高さである。
犬は元来、群れを成して生きるゆえに、上下関係の厳しい動物と聞く。先手必勝。私はまじめに対策を考えた。
私はまず犬の行動を研究した。
言葉が通じないとすれば、吼え方を読み取るより他にない。吼え方が重要である。けれどもこの、吼え方も注意して聞いているとなかなかに拍子と高さが複雑で、容易に分かるものではない。試しに犬の前で三三七拍子に吼えてみたが、二度三度、尻尾を振ったあと、そ知らぬ顔をされた。喉を痛めただけであった。いわば屈辱の痛みである。
再び観察していると、犬は時折喧嘩を始めては互いの足を噛み合っているようであった。試しに、それに混じって足をかんでいたらなにか分かるかも知れぬとわざわざ喧嘩に混じって行き、前足に噛り付いたが、犬は少し面食らったようではあったが、暫くすると嬉しげに尻尾を激しく振り回して、履いているスリッパを引き剥がし、鬼ごっこをし始めた。私は地団太を踏んだ。じつに皮肉である。犬の上位につくどころか、振り回されていたのである。
ならば、体力で勝負である。
三匹のうち一匹が筋肉のつきにくい体質らしく、皮でぶよぶよしていたのでこれならば勝てるのではないかと確信した。
「ちんたら床に寝そべって。運動が足りないのではないか?来い。」
私はわなわなと煮えたぎる闘志を抑えながら、犬を丁重に広い車の助手席に乗せ、あまつさえシートベルトまで施して散歩に出かけたのである。しかし犬はそれを知ってか知らずか、シートベルトをひょひょいと前足でどけて、サイドブレーキを乗り越え、前足と顎を私の左腿に乗せて寝始めた。
チョット、いま膝の上でカワイイ事になってるんですけど。
私は運転をしながら気が気ではなかった。犬畜生とはよくもいった。甘えた振りを装い、混乱させて手のひらで転がすつもりか。指数対数。微分積分。二次関数。私は知る限りの数学的単語で愚弄した。そうこうしているうちに目的地の大坂峠に着いた。
「行くぞ。」
見ておれ、今にその化けの皮を剥いでやるぞとばかりに犬に声を掛けると私は駆け出した。晴れた日は大阪まで望めるという大坂峠。坂の斜面も行くにしたがって急になっているように思われた。犬は四速歩行特有の飛び跳ねるような走り方をし始めたが、ちらとこちらを伺って自分と私の距離が大分あいてしまったことが分かると、競歩を始めたので私はムキになった。
「いいから、走れ!」
犬は再び駆け出した。考えてみれば、いくら筋肉のつかない犬と言っても救助犬の訓練をしており、仮にもオス犬である。自衛隊と徒競走をして、到底、鈍足の私が追いつける訳が無いのである。犬は暫く走っていたが、何か思い出したかのように急にピタッと立ち止まり、後ろに居る私を振り返った。私は急には止まらない、何とか、ハードルのように犬の胴体を飛び越えたが、スト2のガイルを髣髴とさせるサマーソルトキックを繰り出し見事宙を描いて見事腰からスッテンと着地した。犬は申し訳なさそうな顔をして、尻尾を振り、転んだ私の方へやって来た。
負けた。完全なる敗北である。
そうして、私は打った腰をさすりながら家に帰ったわけである。
「あら、もう帰ったの?」
帰ると玄関に祖母が出てきて、不思議そうな顔をして私に言った。私はムッとした。
「お蜜柑を食べていたのだけど食べる?」
犬は蜜柑という言葉に反応したのか、ハッハッと短い息を立てながらぱっと祖母の顔を見た後、こちらを伺っているようであった。私はさらにムッとした。
「私は要らない。かわりにこいつに、二つ。」
祖母はやはり不思議そうな顔をしていた。

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