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私は14歳

われわれの全ての(文化的な)行為の根底には同じ概念が伏しているのではないか!それは、

意味!(太字を覚えた)

意味を付けることではないか
言葉も、口から出せるただの変な音に概念を持たせたものだし、絵を描くことも、ただの線と光の反射に意味を持たせることだし

意味ってなに概念ってなにってことを調べても、結局なにって感じだし
ウィキペディアの曖昧さ回避が、余計曖昧さを生んでるし

考えてると、世界そのものにはなんの意味も価値も名前もないただの「アレ」なんだってことに、どんどんうすうす気づいちゃう
そうしたら、なにも言葉が出てこなくなる
なんなら生きて考えてることも馬鹿馬鹿しくなってくる
みたいなことありませんか

でもそのあと、

認識:哲学で、一般にわれわれが物事について持っていて、それが真であることを要求できるような概念、またはそれを得る過程(辞書曰く)
認識: 心理学で、知覚・記憶・想像・構想・判断・推理を含んだ広義の知的作用(辞書曰く)

という概念を思い出し、ちょっとだけ、そんなのどうでもいいやって気になってくる
みたいなことありませんか

生き物ってなに〜!変すぎだろ〜!

こんなようなことを言葉にならないイメージで考えていると、だんだん神の存在を創りたくなってきます

イデアは心の中に。

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