祖父が亡くなった

小さい頃、さしすせそがうまく発音できなかった私に、教師だった祖父が一生懸命言葉を教えて可愛がってくれていた。
きちんと発音ができるようになった後も、よく「おそら」のことを「おとら」と言っていたなぁと懐かしんで話してくれた。
そんな祖父が先日、おとらに旅立ってしまった。

身近な人が亡くなったのは初めてだった。
祖父が亡くなった連絡を受け、父方の実家がある京都に向かう。道中、亡くなった実感が湧かず、法事に対して多少めんどくさいなぁという思いを抱いていた。薄情かな。
祖父と特段仲が良かったかといえばそうでもなかったように思う。小さい頃はよく遊んでもらっていたが、思春期あたりからよそよそしくなり、かつ遠方だったため会う機会もそう多くはなかった。
初めてのお葬式、姉と「泣くと思う?」「ううん」なんて会話をして、構わずマスカラを塗って向かった。

お葬式では初めて会う人が多くて、顔の似ている人がたくさんいるし、自己紹介もないため自分から話しかけにいかなければいけないのが苦痛だった。早く終わらないかな、なんてことを考えていた。式場は花の匂いでむせかえっていた。祭司の方が祝詞を読んでいるのを聞き、祖父がスポーツ好きだったこと等初めて聞いた。私は祖父のことを何も知らないんだなと思った。

いよいよ出棺ということで、皆で祖父の棺桶にお花を入れていった。棺桶に近づくと、人間の皮膚の臭いがした。この臭いを紛らわすためにもたくさんのお花が添えられているのかと思った。最後に胡蝶蘭を置いて、スタッフの方が「お顔を見るのも触れていただくのもこれで最後ですよ」とおっしゃって、次々に祖父の顔に触れていくので流れのまま頬に手をやった。
瞬間、涙が溢れた。
冷たい。まるで氷を触っているかと錯覚するような冷たさだった。人間のぬくもりがないことは想像していた。ただ、彫刻のような祖父の顔をみて、マネキンを触るような気持ちで触れたのに、あまりの冷たさに驚き、途端に「死」を感じた。人間がこんなに冷たくなるなんて知らなかった。マスカラを塗ってきたことを後悔した。

そのまま火葬場へ向かう。中はすすけた臭い、火の臭いがした。建物の中は思ったより近代的で綺麗だった。昼食をとってまた火葬場に戻る。あまりにも寒くて、早くここから出たいなと思っていたところに、祖父の亡骸が運ばれてきた。
98歳の割に、骨が丈夫でしっかりと残っていた。お骨を納めていく。警備員さんのような人がお心苦しいですが少し小さくしますね、といって簡単に骨を砕く。あまりの脆さに驚く。骨を見ながらなんだか珊瑚の死骸みたいだなと姉が言った。部屋の寒さなど完全に忘れていた。去る時もまだ遺骨周辺には熱を感じた。

数日経った今も、もう祖父はいなくなったんだなとどこかまだ他人事のような心地でいる。祖父のことなんかお構いなしに世界は動いていく、日々は続いていく。その事実が悲しくてたまらない。

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