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頼まれてもないのに。その27(陰謀論にしないこと)


アメリカの大統領選も今は昔、選挙人による投票も終わりました。よその国の国政問題とはいえアメリカの舵取りが日本や世界の行く末を大きく左右してしまうのが現状ですから誰が大統領になろうがアメリカ国民が決めたことです私たちがどうこう言う問題ではありません、などと大人な振る舞いをできないのもまた事実。とはいえアメリカ国民以外の人間がなにをどう騒ごうと決まったことは決まったこと。

さてこれから世界はどう動くことになるのか。情勢を見極めながら動かないととんでもないババを引かされることになるかもしれないのですから必死です。日本政府がんばれ。頼むよ。

それにしても当のアメリカ。トランプ支持者はそうとう悔しい思いをしているはずです。民主党支持者はまともな政権が戻ってきたと胸をなでおろしているのでしょうが。お互いにお互いの考えが理解できず、苦しんでいることと思います。あなたの常識わたしの非常識。

トランプが史上2位の7000万票以上を獲得したということはこの4年間でどれほどトランプへの支持が増大したかということの表れだと思いますし、と同時にバイデンが史上1位の8000万票以上を獲得しているということが何を意味するか。

アメリカといっても広大ですし、地域によって産業構造も貧富の様子も人種構成もまちまちでしょうから、それぞれの州が思う「よいこと」が一致しないのは当然ですし、それぞれの州によって現状の捉え方が異なっていることも容易に想像できます。

中にいるアメリカ国民ですら全容をとらえ切るのは難しそうですから、ましてや海の向こうの日本人が、肌感覚すらなしにアメリカで実際に起きていることを知るなんてのはほぼ不可能に近いのだろうなあと思います。

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大統領選も今は昔。でも陰謀論は気炎を上げて今日も健在。

論者によっては未だに「大統領選で不正が行われたというこれだけの証拠」を並べ立てては陰謀論を信じたい人たちの心をわしづかみにしています。

よく飽きないなあ。

都市伝説的に「信じるも信じないもアナタ次第」みたいに面白半分、興味本位で紹介してるんならいいんだけど、これたぶん本気で言ってるんだよなあ。いやまったくなかったなんて証拠もないよ。ないけどさ、さすがにそこまで執拗に不正があったと主張するのはアメリカの民主主義や選挙制度を否定して真っ向からケンカ売ってるのと同じだということにそろそろ気づいたほうがいいと思うんですよねえ……。

一部のアメリカ人トランプ支持者がこの先もなお戦う姿勢なのは別になんとも思わないんだけれどね。

だいたいなんで日本人がそこまでトランプを応援しなければならないんだろう。私も実は嫌いじゃないですトランプ。国外政策でも国内政策でもそれなりに成果をあげてきた大統領のようですし、自らの手で財をなした実業家ってのはやはり現実主義者で能力が高いんだな、4年前のアメリカ人の決断は正しかったんだなと。ただ実際の現場の人たちにとってはやりづらそうな人だなというのもなんとなく。

つまり嫌う根拠もなければ好きになる根拠もないという。だからトランプを心底嫌いだという日本人に対しても、なんでそこまで憎悪するのって思ってます。

結果的にトランプ大統領率いるアメリカの4年間が日本にも好影響を与えていた(安倍首相の力量も大いにあると思っています)みたいだから次の4年間もトランプだったらいいなと私も思ってましたけど、別にトランプは日本のために頑張ってくれてたわけじゃないから。あくまでもアメリカのために大統領やってた人だから。なんで「日本の味方、トランプ」みたいになるのかがよくわかりません。

トランプが大統領を続けてくれれば日本は安心だ、なんてのもそれはそれで都合いい解釈だなあって。物事ってのはそんなに単純かつ自分たちの思い通りに運ぶものじゃないだろうに。

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私たちが見ているものって、氷山の一角どころかその削りカスをお皿に盛りつけてもらって、シロップどばどば、さあ召し上がれと出されたものでしかないんじゃないかと常々思います。

それはマスコミの偏向報道のせいだけじゃなく、情報そのもの自体がそういうものだということを言いたいのです。マスコミに決別してインターネットからの情報に乗り換えたところで私たちに手に入るレベルの情報なんてものは必ず偏向してるんです。

あちらがわの削りカスよりこちら側の削りカスのほうがおいしいから、このシロップのほうがあのシロップよりも好みだから、と消費者として同じようなものばかり選り好みしているだけなんです。

その自覚がないと、この情報を出さない○○は偏っていて信用ならない、この情報を出してくれる△△こそが信用できる唯一のメディアであると依存状態に陥ってしまいます。

偏向報道によって民意は簡単に誘導されますから、私も今のマスコミのあり方は奇妙だと感じていますよ。情報として割愛された部分にこそ大事なことが含まれていることが多々あると思っていますし。

だけど又聞きの情報は誰からのものでも必ずどこかが欠けているものです。

私たちがやるべきことは「これでは情報が足りていない。省かれてしまった情報はなんだろう」と常に問いかける感受性を高めておくことと、これはそもそも不要な情報だと思ったら、そこからすっぱりと身を遠ざけることではないかと思います。

なお不要な情報だと私が判断する基準は、特定の人物や組織に対する特定の感情(大抵は嫌悪の感情)を増幅させることを目的に執拗に繰り出されていると感じるかどうか、です。感情への直接の働きかけ。感情の誘導。

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それでも私たちは「正しい」ものを求めたがります。唯一無二に正しいものを、しかも単純明快な、わかりやすい形で示してほしい。

陰謀論は、だから魅力的だし心地いいのです。人が知らない情報を私だけは知っているという特別感も味わえますし。

仮想敵を特定し、黒幕はいつでも彼ら。彼らさえ排除できればすべてが解決する、という安易な単純化。

あるいは特定のヒーローを祭り上げ、彼らは常に正しい道を示してくれる。彼らさえ応援していれば未来はバラ色なのだという根拠のない思い込み。

本当はわかっていると思うんです。私たち一人一人の非力さと影響力のなさについて。もうほんと痛いほど。直視するのはつらい。

そんな世界に対する無力感と未来への不安を単純明快なストーリー化することで理解しやすくし、心の痛みを低減する。そして自らが信じる正義のシンボルを崇拝し、攻撃対象を特定することで己の中にレトルトの「生きがい」をでっちあげる。

陰謀論は生き抜くための方便でしかありません。世界という風車に立ち向かおうとするからそうなってしまう。

戦う相手がそもそも違う気がします。

すこし対象物と距離をとったほうがいい。

世界はもっと複雑で本能的で利己的で、仕掛け人はいるようで案外存在してなくて、一人一人の本能が「悪いほう」にも加担すれば、もちろん「良いほう」にも加担することがある、ただそれだけのことなのだと思っています。

どうか怖がりすぎないで。どうか盲信しすぎないで。

世界は決して私たちの都合どおりには動かないけど、全体としては良くなろうとしているんじゃないのかな。世界が私ごときの手に負えないならば、自分以外の人たちを信じて運命をゆだねる以外、他に道はないんじゃないかなと。

風車に向かって一人戦うのもひとつの生き方。

だけど私は特定の人たちを憎み疑い続けられるほど強くはないし、ましてや憎しみの感情を生きがいにはしたくないから、距離を取るよ。

もっといろんな角度からものを見たい。知りたい。一人一人が見ている世界の違いを楽しみたい。身勝手で利己的な欲望もあれば、人間愛に根差した利他的な献身もある。世界は複雑だから楽しいのです。

陰謀論を信じる人たちにとって、世界がもっと懐深くやさしい場所でありますように。


武者修行中です。皆様に面白く読んでいただけるような読み物をめざしてがんばります。