頼まれてもないのに。その18(ポリコレの弊害と共存)
私はポリティカル・コレクトネスというものが大嫌いだ。ポリティカル・コレクトネスの描く世界は私たちの究極の理想郷だ。それは認める。しかしそれは眩しすぎる。眩しさには必ず影ができる。それどころかもともと影ではなかったものまでが影と認定され理想郷の外へと追いやられていく。
ポリティカル・コレクトネスが崇高な理念を掲げれば掲げるほど次から次へと新たな影が作られ追放される。影にされたくなければ必死に光を装わなければならず、次第に自分の頭で考えることを放棄し、光のような言葉をただ模倣するようになる……
つまりポリティカル・コレクトネスの行きつく先、究極形は「排斥を正当化する社会」「同調圧力のはびこる社会」だと私は思っている。しかし本来そのような社会こそ彼らが最も忌み嫌っていたはずではないのか。
だから私はポリコレが大嫌いだ。
私がポリコレを嫌うのにはもう一つ理由がある。
ポリコレがはびこった「究極の理想郷」において自分の頭で考えることは影への第一歩でしかないのだということに気づいた人たちは、むしろ率先して心の中に影を飼い、正気を保とうとするだろう。
私たちの多くが心に飼っている影は、しかし闇ではない。時にふわりと光ったり、揺らめいたり、罪悪感を伴いながら、光との折り合いをいつだって模索している。
ところが世の中には、さすがに少数ではあると思うのだけれど、闇を抱えた人がいるように最近思われてきた。闇は罪悪感を伴わない。闇は闇を正当化する。光そのものを憎悪する。影を抱えた私たちは光そのものを憎むことはないし、光になりたいとどこかで願っていたりもする。そこが根本的に違う。
そして私たちの多くの嗅覚は、闇の人と自分たちとの臭いの違いを敏感に感じ取り、交わりをできるだけ避けてきたように思う。
しかし残念ながらポリコレは鼻が利かないようで、影と闇とを区別できず、同じ箱に入れてしまう。闇と同じ箱に入れられ、同一視された影は悲惨である。罪悪感のかけらも持たない闇は私たちの代弁者を勝手に名乗り、彼らの闇は私たちの中にあるものと同じだと平気でうそぶく。それを見て光を装う者たちは、やはり影を排斥したのは間違いではなかった、影は恐ろしいものだ全力で否定しなければと自信を深めていく。
つまり私たちが何かの本音を口にすることで、光は己の排斥行動を、闇は己の悪意を、それぞれさらに正当化するのであれば。
光の綺麗事に逆らうのはむしろ歓迎だ。しかし私たちの本音が闇の後押しをし、闇を喜ばせることになるだけなのであれば、私たちは口をつぐむことを選ぶしかない。
つまりポリコレが進みすぎると、結果的ではあるものの、ポリコレから逸脱した私たちの本音は闇への栄養、真の悪意への正当化として誤用されかねない。そうなるくらいであれば口をつぐむことを選ぶだろう。
私にはこちらのほうが恐ろしいことのように思われる。
しかし今後もポリティカル・コレクトネスは進んでいくのだろう。一度慣れ親しんでしまえばこれほど安全かつ模範的な言論体系はないのだし、従うべき基準も明確かつ単純なので、とりわけ学校教育文化に慣れ親しんだ私たちであれば、こんな基準になど、いとも簡単に順応できてしまう。
つねに「先生」の顔色をうかがいながら作文していくというわけ。不可能じゃない。不可能じゃないけどね。
私たちの多くは心の中に明るいものも暗いものもどちらも抱えていて、それらのブレンド具合を常に微調整しながら生きている。この妙を様々な角度から表現することにより人の本質とか社会の本質、世界の本質に少しでも迫ろうとするのが文芸活動のはず。私たちは言葉を介して「現実」を知りたいのであって「正しさ」を切り取りたいのではない。
正しさによる検閲は現実を隠蔽するだけだし、現実を隠蔽すればするほど、悪質な闇はより深みを増し猟奇的で極端な現れ方をしているように感じている。
現実が見えてこなければ問題解決の糸口も見えてこない。ポリコレは闇の後押しはしても、私たちが抱えている様々な矛盾や困難の現実的な解決を図るには何の役にも立たない。
ああそうか、ポリコレとは「制服」なのだ。制服は居場所の象徴。居場所、正しさ、アイデンティティ、そして排斥。ああすべてセットなのだ。己の居場所を確保することと社会の抱える問題を解決することとは一致しない。否、己の居場所の確保という唯一無二の解決策が排斥に他ならないのだ。
私たちはまだこの制服を強制されてはいない。しかしこの先はわからない。
ほんとうに大切なことほど文章として残せなくなり、それぞれの家庭やコミュニティ、安全を確保された関係性と場所だけで、口伝と緘口令でこっそり伝え合っていく時代が来てしまうかもしれない。
世の中を変えるほどの力のない私は安全第一で今後も生きていきたいのでポリコレに逆らってまでもの言うつもりは毛頭ない。ただ「ポリコレは嫌いです」これだけは心に秘め、絶対に忘れない。
武者修行中です。皆様に面白く読んでいただけるような読み物をめざしてがんばります。