再放送①

2025年8月。
「親父、あたしにビジネス教えて」
「ああ?」
居間で寝ていると、長女が声を掛けてきた。
今年で小学五年生。あちらこちら女子から女性へと変貌を遂げつつある。お父さんは嬉しいぞ。
しかし、そんなお父さんの気持ちとは裏腹に、長女・晴子の顔はひん曲がっている。俺とはあまり喋りたくないらしい。それもそのはず思春期真っ只中に入ってしまっていて、親の常識は子の非常識。すでに晴子は自分の世界を作り始めるお年頃であり、旧世代たるべき、しかも旧世代特有の匂いが蔓延するオヤジなる生き物は全く理解してやるに値しない生き物となっている。まあ、日付が変わる直後に仕事に出て、自分が学校に帰ると居間でゴロゴロしていやがる生き物には、とりあえず、1日中寝ている(いや、晴子主観ではそう見えるだけで8時間睡眠よ、平均的なのよ。ちょっと時間帯が違うだけ)よくわからない何か臭いもの、という烙印がとうの昔に押されていたのだ。
「ガッコの課題なの。レポートだせって」
晴子がプリントを差し出した。プリントにデカデカと
『お父さんに生き方を学ぼう!将来の仕事について考えてみよう!』とあった。
「生き方かあ、そんなん俺が知りたい」
と、くるりと背を向け俺は睡眠を取ろうとする。今は午前0時。出勤は午前2時。正直ギリギリまで寝てたいんだよ俺は。
「夏休みの宿題なんだよ。自分の周りで仕事している人に話を聞いて、将来なりたい職業とか、生活のこととか学んだことまとめるんだよ。」
「そういうのは母さんに聞け。母さんはすごいぞお。介護士として立派に働いとる。しかも休日は介護セミナーに講師として呼ばれる。すげーだろお」
「ここに、『お父さんに』って書いてあるだろーが。それにお母さんには断られた。そういう小難しいことはお父さんに聞きなさいって。」
また逃げやがった。子供の学校の宿題や、課題、研究は全部俺にお鉢が回って来ることになっている。母さんはそういうのをひどく面倒がる。俺だってそんなに頭良くないし、しかも俺の時とは内容がひどく変わっているので、覚え直しなのがほとんどだ。正直、仕事が休みの日に娘と一緒に勉強し直している状況なのである。
「働くとか仕事とかよくわかんないけど、要はビジネスってことでしょ。自分の知識や力を使ってお金を稼ぐ。あたしそんなキャリアウーマンになりたいんだ」
また母さんと見たドラマに影響されたのか。確か今期の目玉はあれだったか。抽象零細企業の営業だった女性が一念発起して資格を取り、社長になって、海外ビジネスを展開する実話が元のやつ。
「俺と全然違うじゃん。俺ただの工場の人じゃん。機械じゃん」
「だからって売り上げとか会社の動向とか気にするでしょ」
「いや、俺末端だし。全く気にしてないし。」
「うーわー」
だめだこりゃ。テキトーに書いて提出するしかないのか。
そんな独り言を言って母の元に行く娘。母さんと一緒にテーブルを囲んでおやつタイムらしい。こんな時間に食ったら太るぞ、このやろう。よし、健康的に太ってくれ。健康的っていいなあ、やましい意味で。
出勤までもう一眠りを決め込もうと思ったのだが、そういえば、と思い当たった。
俺にもまあ、友人はいたのだ。
それも、海外でビジネスしてるやつ。SNSでしかやりとりしていないが、確かアジアを拠点に税理士をしていて、日本企業誘致に協力したり、現地の日本人の起業支援とかしてるやつ。近々独立準備のために、日本に帰国するとか。
学生時代は俺とアニメについて熱く語っていたあいつがなあ。
「逸材いるじゃん。会いたい。決定ね。」
その友人の話をしたら、晴子はあっさりと決定を下し、日付を指定し、俺に休みを取れ、と言ってきた。そして、いつも読んでいる自治会の広報誌を持って自分の部屋に帰っていった。
この決断の早さと行動力は母親譲りか。
俺からは何を譲れたんだろうか。
もしかしたら、これは父親として、父親ぶれる、千載一遇のチャンスではなかろうか。今回の件がうまくいったら、多少は父親扱いしてくれるかなあ。
いや、しかし……。
期待と、いやそうもいかねえだろな、という諦めの中、俺はその友人梶川に連絡を取ってみることにした。

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