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人工林の科学/森林講義編6(風雪害のない山づくり、間伐こそ日本林業の核心)

スギ・ヒノキ林なのに地面がフカフカ、保水力抜群の山になる!

これは四国高知県の魚梁瀬杉で有名な馬路村魚梁瀬の山です(下写真)。なすび伐りといって天然林の中から優良木を抜き切りし、幕藩時代から厳重な保護を受けながら森を育てていったところです。ここも雨が多く、何度も大きな台風が通過しているはずですが、これだけの太い木が混交林になって残っています(写真は同じ地点で上中下層を撮って並べてある)。このような森では土もフカフカして腐葉土が厚く、大量の雨を吸収・保水する機能を備えています。

魚梁瀬杉・上層(スギの樹冠が占有している)
魚梁瀬杉・中層(広葉樹が枝葉を伸ばしている)
魚梁瀬杉・下層(シダ・苔類が繁茂、厚い腐葉土に覆われる)
魚梁瀬・千本山保存林 (高知県馬路村2005.9.25)

四国愛媛県の別子銅山の跡地とその周辺に住友林業が管理している山です(下写真)。約80年生のヒノキ人工林と樹齢200年以上の天然のヒノキを、天然更新で管理している山なのですが、やはり中層に広葉樹が育っている。そしてヒノキの根張りを見てください。非常に強固な根を張っているのが解ります。このような森になれば崩壊を防ぐ、そして保水力のある山になるだろうと思います。

住友林業所有、別子山の天然ヒノキ林(愛媛県新居浜市2006.6.28)

荒廃林ヒノキの根元の写真(下段、黄色枠の写真)と比べてみて下さい。荒廃林では植生がなくなり表土が流れ、石が浮き出ていますね。同じヒノキでも間伐の行き届いたヒノキの根元は実生の広葉樹やシダ類など様々な植物が育っている。土は手で掘れるほどフカフカです。ヒノキ林だというのにこのような厚い腐葉土があるのですよ。

根の張りが強靭でやや「浮き根」になっている
下草は少ないが、いたるところ苔が生えフカフカの厚い表土が蓄積されている

実際、伊勢神宮の宮域林では昔は頻繁に洪水が起きていたのに現在は起きなくなりました。実は、宮域林は大昔から遷宮のための御用材の山だったのですが、天然林を伐り尽くした後は、伊勢の町の薪炭林になっていたのです。江戸期には「お伊勢参り」の大ブームでお客の需要のために薪が採り尽くされ、裸山になり、頻繁に伊勢の町に洪水を起こしていたそうです。大正期の造林はその対策が始まりでしたが、現在は見違えるように保水力の高い山となり、ヒノキ人工林でも混交林化すれば「緑のダム」になることを証明しています。

愛媛別子の住友林業の山には「フォレスターハウス」という展示施設があり、社有林の施業情報や技術紹介などを見ることができます(見学は無料。月曜・火曜定休11月~2月冬期休館)。林業技術のジオラマの中に僕のイラストもありますのでぜひ一度訪問してみて下さい。百聞は一見にしかずです。散策道でヒノキ林内のフカフカの土を実感してみてください。

住友フォレスターハウス(新居浜市観光サイト) https://niihama.info/spot/69?loc=ja

ブログ記事/フォレスターハウスと住林の山訪問記(2005年9月23日)

熊野古道の暗い人工林は不健康な荒廃林

これは友人に案内してもらった九州阿蘇の近くの南小国のスギ人工林です(下写真)。強度間伐で混交林化し、70年生でスギの太いものはここまで育っています。

70年生のスギ混交林(熊本県南小国町2011.10.19)

皆さんはスギ・ヒノキ人工林というと今の熊野古道の暗い中にあるような、ひょろっと立っている、暗い森閑とした「なんとなく神秘的」というようなイメージを持っていませんか?(私のブログから「熊野古道と間伐補助」) それイコール豊かな森と勘違いしている人が多いと思うのですが、ちがうのですよ。これまで見てきた、宮域林のような、魚梁瀬のような、このスギ林のような、こういう森を作らなければいけないのです。

群馬に住んでいるとき、隣村で強度間伐でいい山を作っているお爺さんがいる、という噂を聞いて取材に行ったことがあるのです。あらかじめ僕の本をお送りして読んでいただきました。そうしたら「私のはこの本のやりかたと一緒だね」と言ってくれた。このお爺さんは自分で考えた末に鋸谷式の強度間伐と同じ手法にたどり着き、実践していたのです。ちゃんと胸高直径を計り、石高(材積数)なんかも計算して、最終的な収量まで予測して間伐をしている。このお爺さんの言葉です。

「思い切って伐り過ぎるくらいでちょうどいい。太い木を伐り捨てるのは育てた者には辛いものだが、それができる者が、最後に勝利するんです」

まさにこれが今の時代の間伐の真理であり、この「間伐の体系」こそが日本の林業技術の核心なんですよ。流域ではこの年の春の大雪で雪折れ被害があちこちで見られたのですが、ここではまったく折れなかったそうです。

むかし西洋の林業技術を学んで、たくさん植えて一つの山からいかに大量の木材を収穫するか、という技術があって、それが戦後の復興期の要請にも合い、拡大造林が為された——細い間伐材さえ高く売れた時代だった。しかしそれは、間伐を怠るとすぐに過密になり線香林化してしまう。雨の多い気候風土が仇となり、下層植生の消えた山肌は表土をどんどん流してしまう。結果、山が痩せ、しまいには土砂崩壊を誘発する。

本家のドイツでさえそのような効率優先の林業は反省され、現在では「人工林の皆伐を止め、間伐を繰り返して天然木の育成を促す」「自然の力で森林を復層化」「恒続的に木材生産を行なえる森」という方針が、すでに理論化され、実践されているのです。

間伐する・しない、で木材の質——年輪と赤芯はこう変わる

日本におけるその間伐の手法はすでに体系化されており、今日はそのスライドも用意してきたのですが、ちょっと時間も押してきましたので省きます。

年輪の話をしておこうと思います。
皆さん、年輪というのはどのようにできるか解りますか? 中から、中心からできていくのではなく、外側から一つずつ増えていくのですよね。形成層といって、外側の年輪と皮との間に細胞ができるところがあって、そこが夏目と冬目を交互に刻みながら1年ずつ太っていく。

ここで間伐された人工林と間伐されない人工林、この年輪の刻み方がかなりちがってきます。間伐されず、線香林化した木は光合成をする緑の葉が極端に少ないわけですから、木が太れず、年輪は密になっていきます。一方、間伐をした人工林の木は、葉の量が多いので順調に太ることができます。

大内正伸『楽しい山里暮らし実践術』より

実際、間伐遅れの山の木を伐ってみればよく解ります。紀伊半島でも、植えてから40年〜50年経っているのに、胸高直径が20㎝前後というような荒廃林がたくさんあるのではないでしょうか。そのような木を伐って年輪を観察すると、必ず皮の近くに密な年輪が寄っていて、ひどいところだと1㎝の中に年輪が10本以上あるような木になっている。

間伐すればその年輪が均等にほどよく太ります。しかも重要なのは、木には辺材(白太)と芯材(赤身・赤芯)という2つの部分があるのですが、木材としては赤い芯材の部分が優秀なわけです(*26)。その赤芯の部分が間伐することで増えていくのです。細い年輪で停滞している木は赤芯が増えない。太くなることで赤芯も増えるわけで、ある程度太らなければ、美しく耐久性のある用材が採れないのです。

間伐遅れが原因の細い木、死節だらけや曲がり木は住宅産業に使えない

Google Earthで眺めるとよく解りますが、最近は皆伐が多いですよね。伐り捨て間伐の補助金が出なくなったので、木を伐り出す必要があるのですが、全体に細くて死節だらけや曲がり木なども多いので、間伐ではろくな木が出てこない。たくさん伐らないと補助金が貰えない。だから皆伐したほうがてっとり早い、ということなのでしょう。

先ほども植林地の見学に行く途中で土場があり、木が並んでいましたね。みんな細かったでしょう。あれ、おそらく主伐に近い時期(樹齢40年〜50年生)の木なのですが、細いんですね。赤芯が少なく、かつ曲がりや傷、節だらけの木が多い。

建設業界、ハウスメーカーなどはもちろんちゃんと解っています。だから最近は国産材が安いといったって、外材を使いたくなるわけですよ。しかもスギというのは乾燥が難しい木です。乾燥しなければ反り・割れが起きますから、住宅産業で扱ってもらえません。かといって天然乾燥では時間がかかりすぎ、今の商業ベースに乗りません。そこで強制乾燥といってボイラーの中で1週間〜10日くらい高温で熱して中の水分を抜くのですが、そのとき精油分もすっかり抜けてしまうので、木がパサパサになるんです。色つやも悪く、強度も劣る。なぜなら芯材と辺材、そして節の部分とでは組成がちがうので乾燥の度合いが均一でない。それらの境部で割れが入ることがある。これもハウスメーカーはよく知っています。が、木材業界では言ってはいけない、タブーとされています。

先日NHKで、林野庁の「森林・林業再生プラン」のおかげで丸太を伐ってどんどん出したのはがいいが原木がダブついて売れなくて市場が困っている、というような特番をやっていましたが、当たり前ですよ。良い木がとても少ないのですから。同じ値段だったら外材使のほうを使います。住宅産業はお客さんからのクレームが厳しい業界ですからね。

(森林講義編7/最終回に続く)

※「鋸谷式間伐」については拙著『鋸谷式新・間伐マニュアル―強度の間伐であなたの山が生まれ変わる!! 』(全国林業改良普及協会 2002.11)をご一読ください(伊勢神宮宮域林のレポートもあります)。

『鋸谷式・新間伐マニュアル』あとがきにかえて「新・間伐紀行/神宮宮域林」P.58〜61


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