さすらい2

さすらいのノマドウォーカー 27話

ぐおおおおっ

獣の咆哮のような、戦士の雄叫びのような野太い声に安眠を破られた。

真っ先に視界に入ってきた不揃いな段ボールの塔。

ああ、シェアハウスの自分の部屋だ。

と、いうことは先ほどの雄々しい声は自分が発したのか?まったくどんな夢をみていたんだか…。

タオルケットにくるまったままで枕元に手を伸ばし、スマホをみる。

10時12分…

朝の?夜の?

窓が衣装ケースで塞がれた物置部屋兼自室では、陽光が降り注がない。だから12時間表示から24時間へ切り替えたんだったっけ…朝か…。

ついに事務所が決定した高揚感で、新規プランの資料作りがノリにのり、数値化と言語化に試行錯誤していたところまでは覚えている。のっそりと起き出してノートPCに触れると、記憶通りの資料が保存されていた。

ほっ…

母の入院中は有給休暇に最低限の仕事をしていた。

今は決まった勤務時間がない。時間の使い方が難しい。

役所や不動産屋との手続きがメインだと、勤務時間内なのにサボっているような、勤務時間外でも仕事に追われているような、おかしな感じだ。

融通が効きすぎるのもよくない。

長期休暇は眠くなるまで活字を食んで、寝落ちというより気絶するような自堕落な生活を平然と送れる倫理観の持ち主であるからして、規律がなければどこまでも緩く落ちていく自信がある。

だが新営業所が軌道に乗り、職員を増やせばそんなことも出来なくなる。

ま、楽しむか。

もそもそと準備したタオルと着替えを腕に抱えて風呂場へと向かう。洗面所兼脱衣所の引き戸に手をかけると「遅よう~」「お邪魔してます」と複数人から挨拶された。条件反射で会釈をしながら、半分しか開いていない目で声がしたリビングを確認すると、母、仙道さん、江幡ボン、フラッグチェックの4人で優雅にお茶をしていた。

なんだそれ。

ああ。失敗だった。どうして金井さんがシェアハウスを出ると言ってきた時に、その部屋は自分が使うと主張しなかったのか。いつもそうだ。後からならいくらでも対処方法を思いつくのに、とっさの判断が鈍い。

いやまてよ。だが2号室に自分がおさまったところで、両隣りが江幡ボンとフラッグチェックでは落ち着かない。ん?いや違う。そもそも自分が使うならフラッグチェックはシェアハウスに住めないわけで…

いかん。まだ寝ぼけているらしい。

熱いシャワーを浴びていると徐々に思考がクリアになっていくと、己のとった行動への羞恥心も浮かび上がってきた。

ぐわああ。

寝ぐせだらけの髪、首まわりが伸びきった汗まみれのTシャツ、くしゃくしゃの短パンを見られた!

やはり近いうちに誰かを追い出すか、自分が近所に引っ越そう。

絶対に!


ラフな普段着とスーツの中間の「かっちり度」の服装を選ぶと、一緒に茶を飲んでいけという誘いをそっけなく断って、ノートPC片手にシェアハウスから逃げ出した。

事務所の契約は締結しており、水道・電気も使えるようになっている。デスクと複合機は来週搬入予定だが、出窓の桟で資料チェックが可能だ。眩しければ、1階の喫茶店でお店を広げてもいい。

電車を降りた自分は、新事務所への道のりをスキップしかねない勢いで歩いた。

しばらくすると異変に気が付いた。

街が騒がしい。

平日のお昼時。マイバックに食材を詰め込んだ主婦は、昼食の準備でマイホームに戻っている時間なのに、商店街に留まり、不安げにひそひそと立ち話をしている。

不穏な空気。

商店街から1本道を入ると、要因が判明した。

火事…

新たな城として事務所が入る予定だった建物は、真っ黒に焼け焦げた、みるも無残な姿に変わり果てていた。


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