さすらいのノマドウォーカー

さすらいのノマドウォーカー⑨

愛用のコーヒーチェーン店が異なる事業形態を目指して展開した新たなチェーン店…。

ごめんなさい。違いが全くわからない…です!

喫茶店で過ごす時間が増えたのがごく最近過ぎて、コーヒーの美味しさに目覚めたのがごく最近過ぎて、違いを見つける切り口すら浮かばない。

カフェオレを飲んで落ち着こう。

「アイスカフェオレ…?…ん?カフェ…ラテ?」

ラテ?いや、ラテでもいいんだけど、もしかして元のコーヒーチェーンもオレじゃなくてラテだった?ずっと間違ってた?

動揺により高速回転を始めた思考回路のせいで、その他が急速冷凍された。テ?の形をしたままの唇が再び動き出すのを辛抱強く待ってくれてたらしい店員さんは、いつもでも動き出さない珍妙な客に、助け舟を出すことにしたらしい。

「Sサイズでよろしいですか?」

こっくり。テを保ったままわずかに首肯するとドリンクを作りにカウンターの奥へ移動した。

解凍しはじめた運動機能でゴソゴソと代金をキャッシュトレーにのせていると、後ろに人の気配がした。人間の脳みそって底知れない機能があるんだな。凍っていた間の音声を再生しているらしい。自動ドアが開くウィーンという音を2回聞いた。腕を動かしたことで解凍が一気に進んだのろう。滑らかに動く首を捻るとケーキを選ぶ20代のカップルと、神経質そうに右足を動かしているワイシャツにノーネクタイのサラリーマン風の男性が立っていた。

ぴったり2組。

サラリーマン風の男性の視線は、先ほどオーダーをとってくれた店員さんを追っている。牛乳が満たされたグラスに、ミルクピッチャーほどの大きさのガラスの器を傾けて黒い液体をさっと注ぐ。比重の違いからか完全に交じりあわない。上部がチャコールブラウン、底に近くなるほどブラウンが薄くなるグラデーション。親切な店員さんが手際よくサーブしたグラスを手に、空いたばかりのレジ付近のソファに座った。

男性が「アイス」と注文する声が聞こえた。

やはり男性は店員さんの姿を追っている。先ほどは早くしろと急かすために睨んでいるのかと思い、恐縮千万であったのだが…。

もう少し熱っぽいものが混じっている気がする。

いいね。青春だね。綺麗だもんね。あの店員さん。おまけに客のミスを正したりしない性格も良い子ちゃんだよ。

しかし今だけはその天使のような性格が憎い。正して欲しかったんだよ。知りたかったんだよ。

この飲み物はオレなのかラテなのか…

続くカップルも彼女の腰に手を回したまま、なんちゃらかんちゃらフローズンとロイヤルミルクティーを頼んだ。

コーヒー屋でどっちもコーヒー頼まないんかい!

…いやね、お客様の自由ですけどね。ただ知りたかっただけですよ。他のお客さんがこの飲み物をなんて頼むか、をね。

Wifiも入っているし、ちょちょいと検索すればいいんだけどね。知りたいのは「ラテなのにオレで注文してもいいのか。巷では恥ずかしことではいのか」そんなことなんですよ。

はあ。

わざわざ店を変えたのは、些末なことで心を乱されるためではない。

メールチェックも終わったのにノートPCを立ち上げたのは、ネット上の有名なグー○○先生や○○ペ○○先生に聞くためではない。

断じてないのだよ。

隣のテーブルにサラリーマン風男性が座った。美人店員さんをごくごく自然に視界におさめるためだろう。レジ前の席に座るのは至極当然だ。ベスポジを奪ってしまったようで申し訳ない。席と席の間が狭いので意識せずとも彼の動向を感じとってしまう。ナイロン地のビジネスバッグから文庫本を取り出して開くが、1ページもめくられることもなく、目は頻繁にレジの方角へ吸い寄せられてしまっている。

本は不自然さを解消するため、もしくは文学青年を装うための小道具なんだろうな。

筋金入りの本好きには、お見通しだよ。

「頭いいんですね」「すごいね」

本を読まない人種が、読書好きを褒める時に乱発する台詞。

もちろん参考書や文献を勉学のために読んでいる学者さんもいるでしょうよ。

でも。

ほとんどの「本の虫」や「活字中毒」は頭がいいから読むのではく、頭をよくするために読むのでもなく「未知の世界をひもとく」ために読むのだ。SFでもファンタジーでもホラーでも純文学でも官能小説でも。「ここではないどこか、ここにはないなにか」に意識を置き、委ねるために本を開くのだ。

新しい知識を仕入れるため「どこか、なにか」を探すために読むという点では学者も同じかもしれない。

映画や漫画とも根底にある部分は同じ。物語に心を揺さぶられたいのだ。翻弄されたいのだ。動画付き、音声付き、絵付きの違いがあるだけ。

エンターティメントの虜、なだけだ。

自分はどれも楽しむ。時間の融通が利き、手軽に持ち運べ、コスパがいいという理由で本の出番が桁違いに多くなってしまったのだが。

だからサラリーマン風さんが、本好きじゃないのは一目瞭然。だってリアル社会に目を奪われる対象がいるんだから。作り物の世界に逃避しなくていいのだから。

学生時代は純粋に新しい物語を追い求めていたように思う。逃避…というか精神安定剤としての役割を果たすようになったのは社会人になってからか、いや大学時代もその片鱗はあったかもしれない。

辛いときばかりに効力を発揮するわけじゃない。寝る前に違う世界の住人になり、違う世界の価値観に触れるだけで、心がふっと軽くなる。重くのしかかっていた何かが霧散しぐっすり眠れる。たまには思わぬ解決方法が転がっていたりもして一石二鳥だったりもすることもある。

だからサラリーマン風くん。カバーで覆われているので内容はわからないけれど、いつかその本の使命をまっとうさせてあげて欲しい。

つまり、読んでね。

読んであげてね。

文庫本1冊分の物語、または知識はきっと貴方の役に立つはずから。



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