さすらい2

さすらいのノマドウォーカー 23話

「本日は不肖の私目のために、わざわざ送別会を開いていただいてありがとうございます。大変恐縮しております。

最後の2ヶ月は、プロジェクトリーダーであるにもかかわらずメンバーにおんぶに抱っこ状態でした。想定を上回る業績があがっており、メンバー、特に副リーダーの増田さんには頭があがりません。今後は―――――――――」

私物をダンボールにつめ、シェアハウスの住所を印刷した送り状をペタリと貼り付けた。あとは集荷してもらうだけの状態にして、最後のご奉仕とばかりにデスクを丁寧に拭いていると、有無もいわさず連行された。

いや、若干の抵抗はした。だが、事前に言えば断るにきまってるからなと勝ち誇られては、従うほかあるまい。

社会人としてこういう付き合いの場を避けて通れないことはわかっている。しかし極力逃げてきた。それがあだになった。最後にこうなるとは。

主賓なのだからどんと構えてればいいと上座に連れてこられたが、上座とうことは最も出口に遠い席なのだ。退路を絶たれトイレに逃げ込むこともできない。

寸の間の隙も与えずに、代わる代わる勝手なことを言いにやってくる。

「そっちに遊びにいくぜ」

とは佐藤だ。こなくていい。絶対に。心から。真剣にご遠慮願う。

「ごめんねえ。まだ怒ってるう?」

とは渡辺だ。怒ってはない。ただもう関わりたくない。

「竜馬とは別れたの」

我知らず頬の筋肉が強張る。

「だってピンクって言ったのに、オレンジを買ってきたのよ?彼女の誕生日プレゼントよ?あんなに何度も教えたのに。間違えて覚えるなんて愛情が薄い証拠じゃない?」

はあ…悩んだこちらがばかみたいだ。好きにしてくれ。

「軌道にのったらよんでください」

とはOJTをした後輩だ。2課でうまくいってないのか?人がたくさんいる状況では詳しいことは聞きだせない。

曖昧にうなずいておく。

社交辞令かもしれないし。

「新天地も攻略してくれ、佐々木くんならできる」

とはゲーマーくんだ。最大の賛辞だ。感謝する。この前とは違うデザインのエナジードリンクをくれた。そういえばあれ、どこにしまったっけ?

しかし他部署の人間が多いな。支店近くの居酒屋を貸し切っているので収容人数的には問題ないのだろうが。決して自分の人望が厚いわけではない。現にプロジェクトチームのメンバーは欠席が多い。

満を持して部長の登場だ。となりの椅子にどっかりと腰を下ろして、聞いてくる。

「本当にいいのか?」

目をみながら首肯した。

「そうか。他にも君が懇意にしていた取引先もあるだろう?」

「いえ。最初から多くを抱えては手が回らないでしょう。信用して任せてくださっている顧客に不便を強いるわけにはいきません。明確な理由のある珠凪商事だけで結構です」

「デスクだって残しておいていいんだぞ。こちらに立ち寄ることもあるだろう」

「そうですが、帰る場所があっては甘えてしまいそうなので」

「君なら問題ないだろう。心構えからして立派な所長だ。おお、所長か。そうすると佐々木くんのほうが役職が上になるのかな?これからは敬語を使わなんとなあ」

部長がからかっているのはわかっている。お酒が入ると特に悪ふざけがすぎるひとなのだ。

「やめてくださいよ。この支店の分所扱いです。部長のほうが上にきまっています」

「はっはっは!立ち上げるのは大変だがやりがいがあるだろう?期待してるぞ、営業所長!」

部長に思いっきり背中を叩かれた。

今更ですよ、部長。あなたが仕組んだことでしょうに。以前から破天荒で知られた人物だったが、部下の家庭の事情を汲んだ上に、不満のたまった部内を鎮静するために分所するなんて。我が上司ながら呆れますよ。左遷に近いが、努力しだいでは大出世って。

なんですか、まったく。

ああ、増田さん、話しかけにこないな。

仕方ない。こちらから、いくかな。

ああ、まったく、なあ。


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