さすらいのノマドウォーカー

さすらいのノマドウォーカー⑬

昨夜は結局、ひやむぎを3回茹でた。

マシンンガントークの矛先を分散させたい江幡お坊ちゃまが、新たなマトを提供したからだ。

折りよく帰宅した2号室の金井さんと、江幡ボンのレポートを手伝うという名目で、実際はまる写ししにきたご学友だ。

金井さんはともかく、江幡ボンの友達にまで食事をつくってやる義務はない。

しかし当然のように食卓についたご友人は仙道さんの上機嫌を保つのに人一倍役立っていたし、どうやら以前も食べていったことがあるらしい。

「お母様の野菜炒めも美味しかったですが、この素麺も絶品ですね」とのたまっていた。うらむべくは母だと判明した。たくさん食べる人が好きで、子供達の友人が遊びにきた時も、食べきれないほどのオカズを食卓を並べていた。健啖家の父の子供とは思えないほど小食な、作り甲斐のない末っ子の反動で。江幡ボンの友達にも、喜んで野菜炒めを作ってあげたのだろう。野菜の旨味を活かすため塩コショウだけで味付けした母の野菜炒めなら、無駄な工夫を凝らす過程がないので美味しいはずだ。

素麺でなくひやむぎですがね。とは突っ込まずに黙々と自分の分を調理した。せっかく聞き役がいるのだから、仙道さんの話に加わる必要はないし、大した手間のかかっていない手抜き料理を絶賛されるのが気恥ずかしかったから。

想定以上の飛び入りがあったため、ナメコもオクラもネギも使い切ってしまった。自分の分は最早ネバネバ麺と称するのもむなしい、ひやむぎに納豆をかけただけの代物なのはいいとして、朝食用の食材がなくなってしまったのは困った。

と、いうわけで寝起きから朝食の調達方法について頭を悩まされるはめになった。朝からコンビニ弁当も味気ないので、スマホを起動してパジャマのままネットで早朝からオープンしている飲食店を検索をする。

シェアハウスに近いチェーン店から調べていくが、どの店も利用客の少ない朝から収益をあげようとする試みが随所にあって、寝ぼけた脳みそではなかなか決断できない。ボリューミーなブレックファストの画像に、胃袋が動きだし唾がたまってきた。コスパがいいのだろうが、食べきれないのはわかりきっているので却下する。

ふーむ。生野菜たっぷりのサンドイッチ。最近、特に野菜不足だ。これに決めた。

かくして、顔を洗って髪をなでつけただけの簡単な身支度を終えて出発した。もちろんゴミ出しを済ませてから。

店の看板にはジューシーでスパイシーな鶏の骨付き空揚げが、デカデカと主張している。アイデンティティーとも言えるフライドチキンだが、それを使わずに野菜だけを挟もうなんて発想をするブレーンと、それを実現する開発部に脱帽だ。斬新なアイデアを、食べるに堪えうる料理へとアドバイスができる人物が間近にいれば、母の料理も日の目をみたのだろうか。

たわいないことを考えながらお目当てのベジタブルサンドイッチとアイスカフェラテのモーニングセットをオーダーして、イートインスペースのある2階へ上がる。そう、ラテ。ちゃんとラテと言ったぞ。

土曜の朝でも案外利用客がいるんだな。6割がた埋まった店内の中で一番落ち着けそうな席をさがす。1に背中が壁で、2にノートPCを広げるだけのスペースがある1人席か2人席、3は入口付近やトイレの目の前ではないが、店内を一望できる席。1と2だけ網羅した階段付近の椅子に腰を下ろした。

いつもの習慣でブラウザを立ち上げ、メールのチェックをする。

ああ。やっぱり。

取引先から問い合わせのメールが1通入っていた。ゴールデンウィーク中も電話番を置くとホームページに記載してあるが、月曜から金曜までで土日は含まれない。社内の感覚ではそうなのだが、連休中に今日は何曜日か気にする人は少ないだろう。案の定、土日も注文を受け付けるのかという旨の確認だった。日付スタンプは昨日の23時11分。ダメ元で送ったと思わしき時間だが丁寧に返信しておく。ごめんね。月曜日にね。という内容を極力丁寧にして。

さあさあ。ベジタブルサンドイッチの案配やいかに。大口をあけてかぶりつく。外側はカリッと。内側はフワフワで。狙い澄ましたバンズの焼き具合は、好みど真ん中であった。人参と紫キャベツの千切りに玉ねぎのスライス、たっぷりのシャキシャキレタスを引いた上に酸味の強いトマトの輪切りが乗っている。独特の苦みはカイワレ大根のスプラウトかな?オレンジ色のサウザンドレッシングであえたサンドイッチは、思いの外、食べごたえがあった。

小食なのですぐにエネルギー切れする。学生時代はよく朝食抜きで出掛けていたが、社会人になってからは必ず食べるようになった。歯車にもひとかどの責任がある。体調管理には慎重にならざるをえない。長期連休こそ怠惰な日常を過ごすが、最終日には調整する。

今年のGWはずっと規則正しい生活かな。

何時頃、病院へ顔を出そうかと迷っていると、ジーンズのポケットがブルブル震え出した。ディスプレイには姉の名前。母が倒れてから身内からの電話は、どうしても緊張する。良からぬ報せだったと勘ぐってしまうから。

勇気を振り絞って応答した。

「…もしもし?」


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