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トラベルミステリーと読書、そこから得たもの

2022年3月、トラベルミステリーというジャンルを確立させたといっていい作家が世を去りました。

西村京太郎。2時間サスペンスドラマの原作として何十本、いや数百本ほどあるのではないかと思えるぐらい多数の作品を手がけました。

自分が初めて手に取った西村京太郎の作品は「夜行列車殺人事件」。光文社からリリースされたトラベルミステリーシリーズの第1巻といえる「寝台特急殺人事件」から数えると「夜間飛行殺人事件」「終着駅殺人事件」に次ぐ4作目となるものでした。

読んだのは小4の夏。読書感想文の宿題の題材として選んだものでした。公立の図書館に通い出してからほどなく、大人の本棚をうろちょろするようになった頃から鮎川哲也や松本清張などの列車を題材とした小説も気にはなっていたのですが、当時の自分にはあまりピンときませんでした。そのなかでもなぜかすんなりと読み進められたのが西村京太郎シリーズだったのだが、今思うに前2者の作品群は1950~70年代が作品の舞台であるのに対して、後者は80年代、つまり自分がイメージしやすい時代を題材にしていることが背景にあったのかもしれません。
……だって当時10歳そこらの小学生が、急行「出雲」とか新幹線開業前の東京駅(「点と線」の一場面)とか知ったこっちゃないじゃないですか……。

そこから次々と新作が書棚に並ぶのをいいことに、文字通りザクザク読み漁り、時刻表をあちこちめくって感心して、車両図鑑や大百科シリーズを見てひたすらウンウン頷いていた自分は、間違いなく西村京太郎の作品で国内長距離列車の知識や車両の性能はもとより、大人の本棚の本でないと知り得ない物語文の表現を学んだのだと思います。

21世紀に入ると航空の地位が高まる一方で長距離列車の退潮が始まり、トラベルミステリーは特定の路線や車両、地域を舞台としたものが多くなりました。自分自身も自分の足であちこち訪れるようになったこともあって、自ら新刊に手を出して買い求めるということは少なくなりました。

それでも、近年の作品も含めてそこそこの数の著作に触れることができているのはなぜか。それは、自分が購入するまでもなく、父や母が買って読んでいるからに他なりません。こちらが読むもなにも、「この列車のこのトリックはこうなってるらしいで、わかる?」という感じで、質問なのか感想なのか単なるお茶の間トークのひとつなのかよくわからない話題が飛んでくるものだから、ある程度は把握できてしまいます。さらに、冒頭で触れたとおり、テレビ各局で2時間サスペンスドラマがいくつも制作されており、そのほとんどを家族で見ているものだから、原作を読んでいなくてもある程度の蓄積はできてしまうというオマケもついてきます。

ともあれ、自分はもとより、家族の中でも極めて身近な存在であった西村京太郎のトラベルミステリーシリーズ。初期の作品もJRになってからの作品ももちろんのこと、各地域に主眼を置いたシリーズのものも、たまに読むとやはり面白い。2020年の緊急事態宣言下の時も何作か書棚から出して読んだほどですから、また長時間列車に乗る旅をするときにでも、カバンに入れて出かけることになりそうです。

91歳での大往生。数多くの著作に触れることができたことは、いまの自分の血肉の一部を確実に作り出してくれました。

最大級の敬意をここに示して、合掌。

それでは次回の投稿まで、ごきげんよう。

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