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生還3

手術室の扉のむこう

私に示された「生きるためのプログラム~外科編」の概要はこうです。
ステップ1:人工肛門造設
ステップ2:術前化学療法
ステップ3:横行結腸切除
大腸内視鏡検査の結果が相当悪ければ、一気にステップ3の緊急手術になるかもしれない、その場合はほぼ確実に人工肛門(永久的な結腸ストーマ)になる、と言われていました。しかし幸いにも、手順を踏んで準備する余裕はありそうだ、ということで改めてステップ1について説明を受けました。

まず、切除手術に先立って化学療法を行う理由を教えていただきました。腸管の外側にもかなり増殖している現状のままだと、手術自体が非常に大掛かりになるため、癌を小さくして切除範囲を狭くする、とのこと。また、周囲に散っている可能性を考え、小さなものは抗癌剤で死滅させてから本体を切除することで、取り残しを防ぐ意図もあると伺いました。
そしてステップ1は、化学療法をする数か月の間、大腸の便通を止めておくために必要なのだ、ということでした。
癌を患った妹も割合早い段階で人工肛門になっていましたが、彼女の場合は直腸から肛門を切除したあとの代替器官である「永久的な結腸ストーマ」というもので、私の場合は「一時的な小腸(回腸)ストーマ」です。小腸から大腸へとつながる回腸の一部を体外へ引っ張り出して肛門の役目を担ってもらう小腸ストーマ。これを使って排泄するので、大腸を便が通過せずにすみ、腸閉塞や癌細胞への刺激を避けることができるそうです。しかも、化学療法の期間が終わり、横行結腸の切除が完了したら、体外へ出した小腸はまた体内へ戻す予定とのことです。そんなことまでできるんだ……改めてなんだかすごいな、と話を聞きながら感心しきりでした。
根っから文系の私に言わせれば、外科手術という神業、もはやファンタジーの領域です。

ところで、その手術というものを受けるのが初めてで知らなかったのですが、手術を受けるための検査もずいぶんたくさんあるのですね。レントゲン、心電図、心臓エコー、肺機能検査……、それぞれの検査室に赴くわけですが、これがまさしくダンジョン。大きな病棟がまるまる検査センターになっていて、ものすごい数の検査室に圧倒されます。でも、どこも明るくてきれいなので、昔ながらの「暗い、冷たい、怖い」のイメージはまったくありませんでした。また、どの検査でも技師さんが丁寧に接してくださったため、思いのほか検査ダンジョンは楽しくクリアしたのです。……などと言えるのは、最難関の大腸カメラと胃カメラのどちらも、私は初めから終わりまで鎮静剤で眠っていただけだったから、なのですが……。

そしていよいよ、手術当日。たった数日の間に、怒涛のごとく人生初の経験ばかりが押し寄せてきましたが、間違いなくここまでで最大の山場です。行きは看護師さんと一緒におしゃべりしながら歩いて手術室へ。これから何がどうなるのか、想像が追いつきません。前日には麻酔科のドクターも病室へ来てくださり、全身麻酔についての説明もちゃんと受けましたし、難しいことはともかく、私は眠っているだけなんだな、という理解で多分間違っていないでしょう。視鏡検査のときも呑気に寝ていたのだし、それよりさらに精度の高い麻酔下です。そもそも、手術について私にできることは何もないのだから、T先生にすべてお願いして、おとなしく寝ていましょう――と、腹を括って手術室へ足を踏み入れたのでした。

ドアの先は、単体の手術室というより手術センターという感じで、驚くほど広く、中には更にいくつものドアがありました。各ユニットで数件の手術がそれぞれ完全に独立して行われるのでしょうか。その中のひとつに案内され、病棟の看護師さんとしばしのお別れをしたら、氏名と手術内容の確認のあといよいよ手術台へ。手術室の看護師さんは数名いらして、それはもう、見事な手際で準備が進められていきます。見たこともない機械や器具や、もうそういうジャンルさえわからない何か……が繋がれたり、巻き付けられたり、被せられたり、まあ患者が私自身なのでこの表現でもいいかな、と思うのですが、まさに「まな板の上の鯉の下ごしらえ」です。手術衣姿のT先生が登場するまでのわずかな時間で、てきぱきと整えられ、最後に酸素マスクをつけて準備完了。「じゃあ麻酔入りますよ」と麻酔科のドクター、「頑張りましょう!」と外科のT先生がそれぞれ声をかけてくださり、手術という名のファンタジーが始まったのでし……

と、そこから時間が一気にスキップ――

喉に違和感を覚え、気管に挿管してたんだった、と気づいたときには、ファンタジーは終わっていました。本当に私はただ眠っていただけでした。頑張ってくださったのはT先生をはじめとするスタッフの皆様です。麻酔のおかげなのか、傷もほとんど痛まないし、こんなに楽でいいのかなあ……などと思いながらベッドへ寝たまま病室へ戻していただいて、手術は無事終了。――が。
もちろん、そんなに楽にすむわけはありません。頑張らなくてはいけないのは、この後なのでした。


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