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生還9 抗がん剤副作用①喉の違和感・初期の味覚異常。命の恩人『グリコ幼児りんご』の話

美味しい、と思えることのありがたさ

化学療法1コース目は、初日にCVポート留置術、2日目に抗がん剤投与開始、そこから約2日間の5ーFU持続点滴が終わってからさらに1日ないし2日経過観察して退院する、という予定でした。実際、その通りにすすんだので、やはり現代医学はすごいな、と感動したわけですが、予告されていた副作用についても『その通り』だったのは、なんとも切ないお話でした。

様々な副作用の中でも、最初期にかなりのインパクトを伴って表れたのは、喉の違和感でした。これはエルプラットによる「痺れ」の一種であり、CVポートに接続されたカテーテルの物理的な感覚との相乗効果もあるということでしたが、まず普段通りの声が出せないし、飲み込むという行為がとても難しくなったのです。私のメンタルに強烈な作用を及ぼした「声が出せない」という症状は、確かに深刻なものではあります。ただ、生きるための最低限必要なレベルという観点で言うと、「飲めない」ことのほうが重大でした。何かを飲み下す、なんて生まれてこのかた、何の労力も要しない当たり前のことでしかなかったのに、この状況では「ごくん」と飲むために喉の筋肉を意識的に動かす必要があるのです。しかも、それが重労働。改めて、平常時の人間の体のメカニズムに驚愕しました。
簡単に言うと、飲めないし、食べられないのです。

そのうえ、味がおかしい……!
まず水です。
基本として、我が国日本の水道水は諸外国に比べて安全かつ一定レベルで無味無臭ですし、一般的なお店や自動販売機で購入できるミネラルウォーターならなおさら問題はないはずです。
ところが、そんな水が不味いのです。水道水も、ミネラルウォーターも。
何がどう不味いのか、なぜそう感じるのか、細かいことは分からないけどただ「不味い」。自慢じゃありませんが、私、これまで水の美味しい、不味い、なんて区別できたことはありませんでした。その私が、水を不味いと感じるのです。
さらに、お茶も、麦茶も、紅茶も、本来の味がしないだけではなく、薬品でも飲んでいるかのような違和感しかなくて、とても二口目を飲みたいと思えません。
この味覚異常と飲み下すことのつらさ、薬で抑えられていてもなお、ずっとムカムカする感じの吐き気、それらが合算されて100ml程度の水分を飲むのに30分もかかりました。普通の生活をしていたら考えられないようなスピードですが、本当に30分かかったのです。健康なときは中ジョッキの生ビールなんか10分で飲み干せたのに……

そんな状態ですから、もちろん食べ物も食べられません。
食欲はないけれど、点滴もしていないし何か食べなくては……、と手っ取り早い栄養源として小さなチョコレートをひとつ口に入れたら、その途端、顎関節のあたりが「キーーーン」というか「ギューーーン」というか、どう表現すればいいのやら……最も近いのは、もっのすごく酸っぱいものを食べた時の感じでしょうか? とにかく、耳の下あたりがひきつるように痛くてしばらく悶絶しました。
ついでに、冷たいものもNG、と指導を受けていました。
喉の締め付け感が強くなってしまうのだそうで、食べ物も飲み物も、常温以上のものを摂取するように、とのことです。ですから、風邪などで食欲がないときの救世主、アイスとかプリンとかそういうものにも頼れません。このとき、体重は30㎏台になっていましたから、食事も水分も摂れないままだったら、また入院&高カロリー輸液点滴や輸血……とにかく、少しでもカロリーと水分を補給しようと、常温で保管できるゼリー飲料を買いにゆきました。癌の診断が下る前、発熱で食事がまともにできなかった時助けてくれたあのゼリー飲料です。とはいえ、今はとてもあの1パックを飲み切れないので、食品ロスごめんなさい……と、泣く泣くスーパーのカゴへIN……

その時です。
私の目に留まったのは、パックジュースのコーナー。
200ml入り紙パックの、背面にストローがついた、あのタイプです。
お茶やコーヒー飲料、豆乳などもありますが、私が今飲めそうなのはフルーツジュースや野菜ジュースでしょうか。ただ、200mlだと飲み切るのに1時間かかる計算です。一度ストローを刺したら常温での保存はごく短時間に限られるし、やはり食品ロス必須。今の私にはたった200mlでさえ高すぎるハードルなのか……と、うなだれたところで発見したのが……そう!
『グリコ幼児りんご』の4連パックだったのです!

子どもたちが小さかった頃、どれだけお世話になったか知れない、グリコの幼児シリーズ。そうそう、りんごとかやさいとかあって……と手に取ってみたらこれが1パック100mlです。待って、これなら飲み切れるんじゃない? 
常温に戻すのもそんなに時間がかからない?
え? 私専用じゃないの? (違う)
とりあえずこれを買ってみて、もし3本残ってしまったら、とっくに大人になった子どもたちに分けてあげよう!きっと喜ぶ!よし、それがいい!
こうして、私は『グリコ幼児りんご』を購入しました。

これは抗がん剤副作用の「味覚障害」あるある、なのかもしれないのですが、甘みは感じ取れるのです。化学療法のお仲間である女性も「水やお茶は不味くて飲めなかったけど、カルピスやコーラは飲めた」とおっしゃっていました。この女性は子宮癌で、私とは症状も化学療法のレジメンも、そして副作用の発現の仕方も違い、この方が飲めたカルピスやコーラを私は飲めませんが、言わんとすることは分かったのです。甘味は感じられる――むしろ、少し強いくらいに。お茶などの繊細な味わいの物はその繊細さゆえに感知できず「不味い」と分類されるのに対して、甘さという強い味覚は認識できるということなのでしょうか。

恐る恐る、私は『グリコ幼児りんご』を飲んでみました。付属のストローも大人用のものと違って細く、一度に吸い上げられる量はごくわずかです。ですが、それがこのときの私にはありがたいことでした。そしてその、ほんの一口が――
「美味しい!」
「甘い!」
「リンゴの味だ!」
おそらく、この時飲んだジュースの量は小さじ半分くらいです。でも、感動の量はドラム缶一杯を軽く超えました。やっと「美味しい」と思えるものに巡り合えたのです。しかも、すぐに常温に戻せて30分くらいで飲み切れるジャストサイズ。カロリーは1パックあたり52kcal、タンパク質も0.1g、その他カリウムやリンも含まれています(公式HP参照)。リンや亜鉛ってすごく大事なんです。その点については後で知ることになりますが。

とにかく、私は『グリコ幼児りんご』を拝みました。
水分と栄養を経口摂取できる――
そして何より、「美味しい」と感じることができる――
これまでの人生で、記憶にある限り、これほど「美味しいと感じること」のありがたさが身に染みたことなどありません。

やはり、甘さは二割増しくらい強く感じるようです。私は本来、甘いものが得意なほうではないので、健康なときだったら甘すぎると思うかもしれませんが、このときは味が分かるだけでも感動ものでしたし、嫌な甘さではありませんでした。
今現在、抗がん剤副作用で、味覚異常・飲み込みづらさ・吐き気を感じているうえ、冷たいものも禁忌――、という方がいらしたら、試してみる飲料の選択肢に『グリコ幼児りんご』を加えることをおすすめします。グリコの幼児シリーズにはほかに『ぶどう』や『やさい&フルーツ』などもあります。
もうひとつ、チョコレートでは顎関節に衝撃を感じたものの、キャンディはそれほどダメージがなかったのでご紹介しておきますと、『ブルボン キュービィロップ』がおススメです。キャンディもカロリー補給にうってつけですが、通常のサイズだと顎関節にも刺激が強すぎます。その点、ちっちゃなキュービィロップなら安心。普段甘いものが苦手な方だと、二割増しで甘くなるものなど冗談じゃない!と思うかもしれませんが、1㎝×1㎝×1㎝程度のサイズ感のおかげもあるのか、元々の甘さがそれほど強くないのです。1ピース1000円の高級美味ケーキより1本150円前後のアルコール飲料を欲するような私が言うのですから間違いありません。

このときからしばらく、私は『グリコ幼児りんご』愛好の徒となりました。


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