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生還5

新しい機能


さて、思った以上に美味しく重湯をいただき、私のストーマも活動を始めます。無事に任務を果たしてくれるのでしょうか。ド文系な私は想像するわけです、一本の水道管を。地中に埋められた一本の水道管。それを途中でぶった切り、下流側の切り口は閉じ、上流側は地上に引っ張り出して袋をかぶせておく――それが私の、ストーマ造設手術のイメージです。こういう風に書いてみるとストーマが機能する理屈も分かります。ただ、その水道管内部を目視できるわけではないので、結構不安なのです。
無事に機能しているかどうかは、上流側の切り口にかぶせた袋=パウチを見れば分かることで、もちろん心配など無用。言ってみれば便利な場所に新設されたスマートICみたいに、ストーマは早速大活躍を始めたのでした。

大活躍とはつまり、順調にパウチに便がたまった、ということです。この内容物の廃棄はどうしても避けられない作業。聞くところによると、パウチを放置すると最終的に爆発するのだそうです。いや……ソレは絶対ダメな爆発でしょう……?爆発していいのはポップコーンかポン菓子だけです。あとは動力系? 他に何かよろしい爆発があったらごめんなさい、でも、ソレはとにかくダメなやつでしょう?ダメですよ……。でも、パウチがいかに頑丈にできていても限界はあるわけです。特にガスの存在は侮れません。これはその後間もなく実感するのですが、ガスは思った以上に排出され、パウチに圧力をかけます。一晩でパンパンに膨らむのです。そう、放置すればこのパウチは爆発する以外に圧力を逃がす方法を持たないのでした。
ですから、そうなる前に廃棄をする、これは鉄則です。第一回目はベッド上で看護師さんが手際よく、パウチからビニール袋に移し替えてくださいました。小腸ストーマだからなのか、絶食状態だからなのか、幸いなことに便臭はほとんどありません。しかも形状は液体です(……という描写が平気でできる辺り、私も観察者兼体験者としてだいぶ練れてきました)。ここで、看護師さんからイレオストミー専用の装具に切り替えることを提案されました。廃棄口がキャップ式になっていて、液体の割合が高い状態だと廃棄が楽になるものです。大腸用の装具に比べると少々縦長で、透明なパウチ。自分の体に常にビニール製の袋が装着されている、というだけで違和感満載な初心者にとってはどちらも同じように難易度が高く思えたのですが…

後から思うに、やはり私の場合はイレオストミー専用装具が合っていたようです。もちろん初めはあたふたしましたが、廃棄のコツを少しずつつかむと、それほど大仕事ではないようだと分かってきました。ディスポ―サル手袋、廃棄口キャップの仕上げ清拭をするウェットティッシュ、それを捨てるビニール袋、を携えてトイレへ行き、キャップの処理用トイレットペーパーを3セットたたんでおく、という自分なりのルーティンが組みあがる頃には、処理にかかる時間は2,3分程度にまで短縮できていたのです。

しかし問題は、装具の交換です。廃棄は直接ストーマに触れないのですが、装具交換ではストーマの洗浄もします。つまり、自分の腸を自分で洗う作業――文字にしたら結構なパワーワード――が必須です。腸には痛覚がないから大丈夫、と言われても、なんというか、そういう問題ではなくて……。
とはいえ、ストーマを囲むように貼り付けてある装具は、粘着力が落ちると漏れの原因になるほか、皮膚にも負担をかけるため、およそ中二日で交換しなければなりません。これが自分でできなければ退院もできないわけです。こちらも最初は看護師さんにやっていただき、それを見ながら覚えます。

ところで、この病院には各種分野における専門性の高い看護師さんがかなりいらして、ストーマについては皮膚排泄ケア認定看護師さんが相談に乗ってくれます。まだキャリアの浅い看護師さんに伺ったのですが、そういう資格を取得して専門分野では医師からも一目置かれる存在になるというのは、やっぱり憧れである一方本当に大変なのだそう。私も、この認定看護師さんたちにはこの後も随分お世話になり、支えていただきました。話をしてくれた若い看護師さんが「私もできれば資格をとりたいです」とおっしゃったのを聞いて「応援してますよ。チャレンジしてください」と心の底から言えたのも、認定看護師さんたちが本当に頼もしくて素敵だったから。若い世代が憧れる職人技を持つ先輩って、やっぱりどんな分野でもカッコいいです。

そんなスペシャリストに教えていただいてから、自分で装具交換にチャレンジします。まずは現在ついている装具を外すところから。
はじめにディスポーサブル手袋をはめ、リムーバー、クリーナー、ウェットティッシュ等々を手の届く範囲に用意、大きめのビニール袋に装具全体を入れ込んだ状態にします。装具は漏れが起こらないようにがっつり貼りついていますから専用のリムーバーを使用しないとはがれません。初心者は接着パット部にリムーバーを垂らす、という作業さえ簡単にはいかず大騒ぎです。なんとかパットがはがれると、ここからはのんびりしていられません。何しろ自分で排泄コントロールができないので、むき出しになったストーマからいつ何時排泄が始まってしまうか分からないからです。剥がした装具はビニール袋の中に落とし込み、いよいよストーマと周辺の洗浄をします。確かに触れても痛みはありません。痛くはないですが、自分の内臓を触るのなんか生まれて初めてです。ウェットティッシュでおおまかにふき取ったあと、泡状のクリーナーをつけて指で洗い、もう一度ウェットティッシュで泡を拭いて――という工程は中々難易度が高い……。それでも、やってみれば案外できるものですね。人間って繊細にできているのか、結構大雑把にできているのか……。私の結論。小腸、割と頑丈です。

洗浄が終わったら水分を乾かして、次は装着です。
ストーマは人によって随分差があるようですが、直径2~3㎝前後のドーム型もしくは円柱形です。パウチの装着部は円形の穴が開いたシールパットになっていて、ストーマを穴に通して皮膚に固定します。このときストーマの外周とパットの穴の円周との隙間を5㎜前後にするというのがポイントで、余裕がないとストーマ――つまり小腸を圧迫するし、穴が大きすぎて隙間が広いと排せつ物に触れる皮膚の面積も広くなってかぶれやすくなるのだそうです。手術直後はむくみがあってストーマの直径が安定していないので、まずはストーマの直径を測り、穴のサイズを決めてカットするところから始まります。生来、手先が器用なほうではないので気が重かったのですが、しばらく経ってむくみが消えると、私のストーマの直径はデフォルトで用意されている穴の直径にベストマッチなところで落ち着きました。これは本当に助かりました。
さて、カットできたらついに装着です。
ストーマ部分に触っても問題ない、と分かってもはじめは緊張します。しかもシールは台紙をはがしてしまうと正しく接着できなかった場合、全部やり直し、新しい装具に取り換えです。手間もかかりますがこの装具、一枚800円弱します。私の場合は閉鎖予定のストーマなので公的補助の対象外ですし、失敗なしで装着しないと悲しい思いが倍増するのです。そのうえさらに、目視がしにくい位置関係。ストーマのでっぱりで下側が見えない状態で、余裕が5㎜しかないほぼジャストフィットサイズの穴に通すのは結構大変です。通ったら即座にパットを皮膚に密着させますが、このとき皮膚がヨレてしまうとそれも隙間になって漏れの原因に――。やっぱりストーマって手先が器用なひと専用なんじゃないだろうか、と弱気になったりめげそうになったり、わずかな時間に結構メンタルを消耗しました……

変な汗をかきながら、少々斜めになったりしつつなんとか装着完了。あとはシール部分が完全に皮膚となじんで接着するよう、しばらく押さえておくだけです。ここでも余分な皺を作らないために、ベッドの上で仰向けになって極力お腹を平らにし、ストーマの周囲を両手でカバーします。体温であたためてシール部の粘着力を高めるのだそうです。
温めながら、看護師さんとお話をしたのですが、慣れてくるとこの交換もだいぶ手早くできるようになるし、中にはご自分のストーマに名前をつける方もおいでなのだとか。そういえば、朝一番の回診の時、先生も「これから可愛がってあげてくださいね」とおっしゃってました。そういう気持ちになるものなのか?と、このときはただ「へえ~」「ほお~」と聞いていましたが……

なるんですね、そういう気持ちに。これが。
私のストーマはいつしか「ちょ~」という名前(……名前?)に落ち着きました。


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