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友情は守るもの

家族関係、
恋人関係、
仕事関係、

それらと違う曖昧な関係が友人関係。
書類がなく、告白もない、
責任も伴わない。
ただただ、信頼関係だけで繋がっているのが友人関係だ。

友情はバランスが必要だ。
しかし互いの役割もある。

確かな形があると思っても
それは互いに同じかもわからない。
だからこそ面白い関係。

さて、友情以外の競争を伴うような関係が入ってきた時が問題だ。

仕事の依頼、同じ学校の受験、2人1組で行う趣味のこと、親友同士など

2人共に仲良くやれれば問題ないが、
問題が生じた時、
特に片方が片方に裏切られたと感じる場面では友人関係の分かれ道だ。

仕事を断らなくてはならなくなった、
片方だけ受験に受かった、
もっと良い相手ができた・・・など。

一方では「どちらが悪いわけではない仕方がないこと」と見える。
仕事もそうだし、受験も仕方がない。
もっと良いパートナーともっと良い結果が出せるなら、それも仕方がないことだ。
努力不足、運がなかった、縁がなかった。
それだけだ。

しかし“友情”面だけで見れば「裏切り」である。
もちろん、裏切られた側は若くもない限りは「いやいや、仕方がないことだ」と思い直せる。

ところがバランスから考えると
裏切られた側が相手を理解し、思いやり、時には許す事で友情を保たなければならない。
辛い、苦しい。
悲しい。
そういう気持ちは静かに静かに時間をかけて満ちていく。
それが深くなれば相手と距離を置く必要も出てくるかもしれない。
友情にヒビが入る時もある。
そのまま壊れて風化する可能性も高い。

救えるのは、もう1人だ。

こんなことになったけど、でも自分にとってあなたは大切な友人だと伝わるような行動や言葉が必要だ。

しかし多くの場合は放っておいてしまうのではないだろうか。
どう言葉をかけたらいいかわからない、のはまだ優しい。
「常識的に考えて、どっちが悪いって事もないし、自分は悪いことなんてしていないから」と、相手に全てお任せしていることにも気が付かずに胡座をかくこともある。
たとえ疎遠にされても「大人気ない」と思えば終わりだ。
相手のせいにしたらいい。


何もしなければ、相手の傷は癒える事がないと気が付かなくてはならないのではないか。

どちらが悪いことはなくても、
見方次第で裏切りとも見える時は気をつけないとならない。
しかもそれが友人なら、
今後も友人として変わらず付き合っていきたいのなら、思いやる言葉と行動が必要だ。

傷ついた側が
「もういいんだよ、どちらが悪い話ではないのだし」
と笑ってくれるような。

友情とはそうやって
大人であっても
恥ずかしくても
時には青臭く守るべきものだ。

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