10年たったからへその緒を切る
ちょうど10年前の今ごろ、わたしは、岡山県倉敷市にある田舎町の図書館でうとうと昼寝をしていたところ破水して、慌てて羊水を垂れ流しながら、当時両親が住んでいた(けど、そのときは誰もいなかった)古民家に戻り、かばんにあれこれ詰め込んでタクシーを呼ぼうとしていた。
歯ブラシもいれとこう、と洗面台の前に立って、鏡を見て、
「いっしょにがんばろうね」と、ぼそっとお腹の子に一心同体ふうな声をかけてみた。声をかけたとたん、不安と恐怖が炸裂し、ひーふーあって、その後4時間半ほどで一心同体は、無事二体にわかれた。と、思っていた。
***
あるとき、息子はまだ4、5歳くらいだったか、仕事関係の知りあいと話をしていると、「あれ、小さな男の子、いますね」とその人がわたしの左上アタリをみて言った。いろんなものが見える人だとは聞いていたけど。仕事の話をしていて子どものことは言ってなかったのに。なに。
「あ、息子はいます」
「あー、複雑な子ですね」
ふふふとその人は笑った。えー! なんでわかるの。
「あ〜、お母さん大好きですね。でも大好きな気持ちがストレートに出せなくて、全然違う表現してきますね。これはきついね」
え、えー! なんでわかるの・・・。
***
息子の乳幼児から幼少期の子育ては、それなりに大変だった。
息子はよく食べよく寝てよく遊び、それはよく泣く子どもで、今思えば元気いっぱいなだけなんだけど、ささいなことで息子が大声で泣いたり、かみついてきたりするたびに落第点を押されているような気になって一緒に泣いていた。息子には迷惑な話だと思う。だからよけいに怒ってたんだろうなと、今ではわかるけど。わたしはずっと心細いままだった。大丈夫だろうか、わたしの子育て。いや、全然大丈夫じゃない。
2年後に娘が生まれてから数年間は、息子の嫉妬とかんしゃくが続き、いくら息子を優先してるつもりでもなかなかうまくいかなかった。自分の子育てが本当にダメなんだと思いながら、あやしたりだきしめたり叱ったりなだめたりしながら、また泣いていた。
大丈夫じゃない。全然大丈夫じゃない。
「うーん、大丈夫ですよ。10歳くらいまではへその緒つながってますから。この子と。全然違う表現でむかってきても、とにかくかわいいかわいいって思ってあげたら、それで伝わるし、大丈夫ですよ。仕事もね、その頃まではやっぱり一心同体の子がいるから思うようにできないかもしれないけど、その後はいろいろまたフェーズが変わってきますよ。へその緒が切れたら、もうぴゃ〜って成長しますよ、息子さんは」
その人は言った。え、へその緒。まだつながってんの?
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「見えないへその緒でつながってるから愛情をもって接して」というメッセージは、「母性本能」へのプレッシャーに感じて、正直重かった。
愛情を違う表現で向かってくる子をうけとめ続ける器なんて、わたしにはないです。。
それでも、なんとなく10歳をむかえるまでがんばってみようかな、と100%忘れることもできなかった。
仕事もそれなりに、いや、けっこう、一生懸命やってきたと思うけど、ふたつを天秤にかけて、ぐらぐらと微妙な動きで迷うときは、できるだけ息子との時間をとるように心がけた。かわいいとか大切だという気持ちは思うだけでなく、折りに触れ伝えてきた。
息子の好きなごはんをつくり、夜布団の中で宇宙や恐竜の話をし、学校に送りだし、野球の試合をときどきみにいく。そんな当たり前のことを繰り返す。
***
それでよかったんだろうか。わからない。
あの人に会ってからすでに5年以上が経った。
息子はいまではかんしゃくをおこしたりしない、明るくて、おもしろい子に育っている。
びっくりするくらい物知りだし、好奇心旺盛だし、粘り強いし、集中力が半端ないし、スポーツも得意だ(親ばか)。
いや、そんなことよりなにより、あんなに泣いていたのに、いつも笑ってる。相変わらずよく食べてよく寝てよく遊ぶ。なにより、毎日楽しそうだ。
すごいなーと思う。ただすごいなー。
わたしは相変わらず心細い親のままだけど、「お母さんって、こうだからさ〜」と生意気にわたしのダメさをつねに指摘してくるから、もうわたしは「わたしってダメな母親」とひとり悩まなくてすむようになった。ええ、ええ、ダメですよ。
でもはっきりいってあなたは本当にすてきな10歳になったね。
結局、わたしたちは一心同体じゃなくて、やっぱり最初から二体だったんだと思う。
わたしと息子はまるで違うし、わたしがダメなお母さんでも息子はぐんぐん大きくなる。
だから、あの頃のわたしにいってあげたい。
「大丈夫。あなたがどうであれ、息子は息子だから。強い子だから。ただ眺めてればいいんだよ」
まあ、あの人が言っていたのも、まわりまわってこういうことだったのかもしれない。
さて、そろそろ、ほんとに、へその緒を切ろう。
おめでとう。ありがとう。
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