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閉じ込められたみにくいアヒルの子

2月、初めてのバレンタインを直前にした頃。
彼女の母親が脳の手術で入院している頃。
加え、奇しくも祖母が亡くなった日でもある6日、それはやってきました。

突然ではありません。
予兆はありました。
任意○査という形で。
彼女は彼と出会った頃からずっと三○署に定期的に呼びだれていたのです。

何事も終りが来る。
いつもその思いはありました。
しかし、心の準備が出来ていないときにくると、やはり恐怖しかありません。
この時のトラウマで、彼女は後も扉のインターフォン音が苦手になります。

事は、あっという間でした。
一度体験はしているもの、二度目でも慣れるわけがありません。
そして何より一番前回と違ったことはーー
罪の重さでした。
世間で昨今流行っている、詐○罪ーーーー
心臓が凍りました。

こうして、彼女はこの日から底辺の暮らしの仲間入りをするのです。
二度目ともなると、嫌でも記憶に残っています。
彼女がこれから暮らす部屋に開放されたのは21時を過ぎていました。
もう就寝の時間です。
実は一度目も同じ湾○留○場だったのですが、懐かしい思いなんてあるわけがありません。
この日、今後の不安に胸を凍らせたまま、彼女は眠りにつきました。

翌朝からは毎日、ひたすら取○調べです。
証拠という証拠をとことん残していた私たちは、格好の餌だったでしょう。
浅はかすぎる、彼女らは本当に愚かでした。

さて、忽然と姿を消し、連絡が途絶えた女性を、彼はどう思っていたでしょうか。
ことの顛末は彼女の雇った弁護士に聞くことになります。
この時の心情は、きっと彼なりの葛藤があったことと想像します。
彼女も彼女で嫌というほど散々考えました。
面会謝絶となっていたので、家族と会うことも許されませんでした。
手紙は許されていましたが、彼からの頼りはありませんでした。
この醜態を見せたくない、その気持ちが強かったのですが、手紙ぐらいは欲しいのが、弱っている人間の心情です。
今でも心のどこかで思っています。

彼女は姉と仲が良かったので、彼のことも話していました。
姉を介して彼に心配をかけた謝辞を伝えてもらったことがあり、ご自愛下さい、と返信が来たことを聞いた時は、返事をくれたことが嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。
この時の大切な人に対する強烈な有り難みの体験が、後の彼女に多大なる影響を及ぼすことになります。



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