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鏡よ鏡、世界で一番不幸なのはだれ?

それからというもの、二人は家が近いこともあり頻繁に会うようになります。
出会った時期が良かった、というのもあります。
当時彼は現役は引退しており、複数の役員を務めていました。
今考えると彼女と出会ったその時期がちょうど仕事をセーブしていた時期なのかもしれません。
実は、彼はある企業の元社長だったのです。
推測ですが、彼は社長を退任後、しばし休息しながら役員業をこなしていたのではないかと思います。
彼女の方は彼女の方で、一般企業に勤めているわけではないので、それに現在このような状況で時間はあります。

そして三度目の食事以来、彼の自宅で朝を迎えるようになりました。
そうするとますます会う頻度は高くなり、週の半分は彼の家で過ごしているのではないかという状況になりました。
それは彼女にとって初めてのことでした。
実は彼女は今までまともに付き合ったことがなく、長くても2年ほどでした。
それも、檻のような職場にいた頃なので、まともにデートもしていませんでした。
実質、恋愛コラムで読むような男女関係のステップは踏んだことがなく、初めての事だらけだったのです。
彼女が一番感動したのは、朝から、明るい空の下でドライブに出かけることでした。
これまで、営業以外で外に出ると言えば夜暗くなってからが常でした。
彼女のボスが夜型だったからというのも大きな理由です。
明るい日差しの中では、全てさらけ出されます。
正直、初めは戸惑いました。
暗闇の中では隠せている部分が、陽の光で顕になってしまい、彼に嫌われてしまうのではないかと。
彼女には外見コンプレックスもあり、過去の苦い体験から肌に対して異常なくらいこだわりを持っていました。
何と言っても、鏡をまともに見ることも出来ませんでした。
コンパクト式の化粧品に付いている、一枚のフィルム、これを通してじゃないと、お化粧も出来なかったのです。
彼女のこの特異な性質、長年のものでそう簡単には治りません。
そんな暗い部分を持っている彼女に、隣で運転している彼はニコニコ笑いかけてくれます。
彼女は、受け入れてくれている、と感じました。
むしろ、彼は褒めてくれました。
綺麗ですね。

彼と頻繁に会うようになってから、いよいよ彼女はボスの元に行くことがなくなりました。
連絡も必要最低限しか取らなくなりました。
事態の状況がどうなっているか全くわかりませんでしたが、実はもうこの頃には警察署に呼び出しをかけられていた頃だったので、なにか、くる、とは感じていたのです。
この後に何か大きなものがやってきて、終りが来ると常に感じていました。
得体の知れない不安が重くのしかかっていたのは変わりありませんでしたが、彼に会うと安心感が勝り、中和されます。
このまま永遠に続いて欲しいと思っていました。

彼女は自分の状況の後ろめたさから、出会った当初名前の漢字を偽って教えていました。
ずっとそのことも気にしており、ついに彼に今までのこと、今置かれている状況について打ち明けることを決心します。

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