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日本で一番小さな県で育まれる愛のサイズ【三話】【創作大賞用】

幸助はマスターに讃岐乃珈琲亭で働くことを許可され、浮ついた気持ちで祖母の待つ家に帰ってきた。不思議な宿題のことは気にはなったけれど、それよりも働き先が見つかった安心感が勝った。

祖母の家は駅から徒歩二分の所にある。そこから五分歩けば珈琲亭に着く。

祖父母はかつて一階の店舗で餅を売っていたが、幸助が高校三年生の時に、もう十分やり切ったと言って店じまいした。

幸助は祖父母の作るこし餡入りの餅が大好きだったので、もう食べることができなくなってしまうのかと残念がった。しかし祖父母は幸助のために頻繁に餅を作ってくれた。

幸助のためだけにわざわざ作ってくれたその餅は、これまでの餅より美味しい気がした。

祖母の待つ家の玄関を開けると祖母が玄関まで出迎えにきた。夕飯の支度をしていたのだろうか、ほんのりと赤みがかったギンガムチェックの割烹着を着ている。胸のあたりにはタンポポの刺繍がされていて、また新作の割烹着を購入したのだなと幸助は気づいた。

祖母は外出用の服は多く持っていないのに割烹着や部屋着だけは昔から何着も持っていた。

高校生の時の幸助が「ばあちゃん、同じような服ばっかりだから一度整理したらどうなん」と言ったら、笑いながら少し怒り「なにを言うとんじゃ。この前整理したばっかで今あるのは全部ばあちゃんのお気に入りのやつや」と言っていたので、服については何も言わないようにするようにした。

「ただいま」と幸助が言うと「おかえり」と祖母が答える。そしてそのまま続けて「あんたの横におる犬はなんな?」と問う。幸助の隣には小さくて真っ白な芝犬が緊張した面で祖母を見つめている。

幸助は予め用意していただろう言葉を口から出す。

「マスターのとこにいた犬を追い払うように言われたんやけど、可哀想やし、あまりにも可愛いからとりあえず連れて帰ってきた。この後どうするか考えるから、しばらく家で飼わせて」

祖母が猛烈に反対したらどうしようかと背中に汗が流れたが、祖母は責任持って面倒みるなら全く問題ない、と了承してくれた。

「それはそうと、お父さんにご飯あげてきて」

と炊き立てのご飯を幸助に渡してきた。

幸助はとりあえず犬を自分の部屋に連れていき、仏壇にご飯を供える。

「じいちゃん、ただいま。明日からマスターのとこで働くよ。じいちゃんもいつでも珈琲飲みにきてな」

遺影の中の祖父が微笑んでくれた気がした。

その後祖母にもマスターのとこで働かせてもらえるようになったことを報告した。

祖母は祖父と同じように微笑んだ。

「ばあは実は少しだけ気にしとったんじゃ。幸助がこっちに来てくれるんは嬉しかったけど、幸助の大好きな仕事を奪ってしまったんじゃないかってな。やけど、こっちでも幸助が生き生きと働ける場所が見つかって、ばあは安心したわい。幸助、ばあとじいのためにいつもありがとう」

祖母の目尻は湿っていた。

幸助の心は暖まっていた。

こっちに帰ってきて良かったと実感し、その晩はばあとビール瓶三本を空にした。晩酌中、祖母がしっかりした口調で尋問してきた。

「あとはお嫁さんだけじゃな。もう可愛いお嫁さんとか贅沢なことは言わんから、とりあえず彼女を連れてこい」

祖母はお酒が入るといつもこうなる。そのことを覚えているはずなのにまたお酒を飲ませてしまった。

「まあ、いつか連れてくるよ」

祖母の目つきが変わる。幸助はしまったと思ったが遅かった。

「いつかいつか、ってそのいつかを待ってたんじゃそんないつかはいつまでも来んぞ。受け身じゃいかん。男から動かんと誰も振り向いてくれんぞ」

祖母は枝豆を口に放り込みながら、何かを思い出したようだ。

「そういえば、マスターのとこに幼馴染の春子ちゃんがいただろ。確かあの子もまだ結婚してないはずだし、こういうのを運命だと思って春子ちゃんを食事にでも誘ってみな」

幸助は適当に相槌を打ちながら、話題を必死に変えた。祖母も余計なことを言いすぎたと思ったのだろう、その後は結婚の話題は出してこなかった。

晩酌後、流しで食器を洗う祖母に、おやすみと言う。

祖母もおやすみと返す。

祖母を安心させるためではなく、自分がこの人とずっと一緒にいたいと想えるような相手は現れるのだろうか。その人と一緒に祖母におやすみを言える日が来るのだろうか。

未確定な未來を隠すように夜は更に黒く染まっていく。

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