マガジンのカバー画像

小説

42
書いた小説まとめ。
運営しているクリエイター

#青春

負けたって負けじゃない(ショートショート)

春の訪れを待ち望んでいるルリビタキのヒッヒッという鳴声が微かに聴こえてきそうな次縹色の冬空の元、吾郎の心も晴れ晴れと囀っていた。なんたって今日は幼馴染の佐山と、高校卒業以来の遊園地デートだから。 吾郎の人生、負けばかり、続いていた。初めは紙一重で負けた。運動会の徒競走。数十メートル先にピンと貼られたゴールテープ。それを頭一個分の差で破ったのは双子の弟、次郎だった。惜しくも負けたが、悔しさより清々しい気持ちで一杯だった。全力を尽くして負けたからだ。しかも負けた相手が、この世で

成人式前(ショートショート)

夜明け前に山登りしている一行の姿は、数日温かい日が続いたせいで勘違いして咲いてしまった桜のようだ。まだ誰もが行動していない世界の中で行動していることに違和感を感じる。 なぜ僕らはこんな夜明け前に山を登っているんだろう。さっきまで成人式前の同窓会でかつての旧友達と酒を交わしていたはずなのに。 なぜこうなった。 そんなこと、思い出そうとすれば至って簡単に思い出せた。誰かが言い出したんだ。 「もう数時間したら朝になる。折角だから朝日を見に行こう」 当時からクラスの盛り上げ

【ピリカ文庫】てぶくろ【ショートショート】

今年は何かが違う気はしていた。 毎年、末吉しか引かない私が大吉を引いた。 毎々、旅行中ずっと雨だったのが快晴だった。 幸運に満ちている。 これは好機だと思って、小学4年から片想いだった1個上の先輩、舜くんに3年分の想いを込めて告白した。銀杏が衣替を始める10月に。 結果は、なんと、舜くんもずっと好きだったって言ってくれて。付き合うことになった。もうなんなのかしら。 これ以上の幸せが訪れると身が持たないと思いながらも、幸せなことはまだまだ続いてくれた。 11月25

助けた亀、託す。

◇はじめに この小説は30分程の長さです。そしてこの小説は丸武群さんに紹介して頂いた、フェルマーの最終定理という本の影響を大きく受けています。それだけではなく皆が紹介してくれた本から得たものが少なからず反映されています。読むことも書くことも1人でするものですが、1人では決して書けなかった作品であることだけは事実です。またしても僕は多くの人から大きな恩を頂いたのです。その恩をこの小説を通じて少しだけでもお返しできたら幸いです。 『助けた亀、託す。』サンタクロースが子供達に無

世界一好きな香りは、世界一嫌いな匂い。

私には世界一好きな香りがある。 大好きな彼から漂ってくる香り。彼の側にいると、男の子らしいミント系の爽やかな香りが漂ってくる。 その香りを感じるだけで、私は一日中幸せな気分になれる。 そして本当はその香りを独占したい。でも私は、この想いを彼に伝える勇気が無い。 それでも良い。 ⁂ ちょっとした興味から履修した大学の英語特別クラス。この授業の時、彼はいつも私の隣の席に座る。たまたま同じ海外ドラマが好きで意気投合した。 彼の口から発せられる美しい発音の英語が好き。彼