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小説

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書いた小説まとめ。
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#掌小説

下に居る花(ショートショート)

人は落ち込むと大地に救いを求める。 最愛の人物から 「ごめん、別れよう」 だなんて言われたなら、もう味方は大地しかいない。 大地に目を向け、全身で抱えきれない感情を口から吐きだすしか逃げ道はない。 そうしなければ何かもっと大切なものが壊れてしまう。 だから人々は落ち込むことがあると下を向き、大地に救いを求める。 そしてこの男、落ち込まない事だけが取り柄の大路が、下を向いている。 よほど酷いことがあったと推察できる。 したくなる。 だが、違う。 大路は、た

鼻歌#2000字のドラマ

外の世界は汗が噴き出してしまう程に熱を帯びているけれど、この場所、アパートの一室は、エアコンと扇風機と夏樹の放つ爽やかオーラのおかげで温度も湿度も雰囲気も心地良い。 「完成したよ。さあ、いただきますをしよう」 「わーい、今日の朝ごはん、どれも美味しそうだね。いただきます」 食卓に向かい合って座った私と夏樹は各々手を合わせ、目はお互いのを合わせ、元気よく食前の挨拶を交わした。 テーブルの上には、今朝、散歩がてら購入した食パン、クロワッサン、そしてオレンジが並んでいる。オ

ルームミラー(ショートショート)

田植えが終わって間もない田んぼ、夏樹の街を映し出す。路肩の雑草は好き勝手に伸びている。夏樹は片側一車線の県道を真っ直ぐ進む。助手席では妻が手鏡片手に化粧を直している。ルームミラー越しには双子の娘が談笑している姿が見える。何気ない光景だが、幸せが充填されていく。 夏樹の実家に行く時、娘たちは普段よりも楽しそうだ。大好きなお爺ちゃんが大好物のお寿司を用意してくれている事を知っているからだ。大好きが詰められた方向に向かっているのだから、自然と声色も表情も明るくなる。 二人が座っ

真夏より眩しい。夏の香りに思いを馳せて用。

夏。夏最高。田辺夏樹。この名前で冬が好きだ、なんて言えれば会話の掴みとしてはバッチリなのだろうけれど、夏樹が最も好きな季節は誰もが予想する通り、夏だった。しかも夏の中でも真夏が一番だった。 真夏は全てを許してくれる気がして好きだった。鼓膜が何枚も破れてしまいそうな爆音を撒き散らかしながら愛車のSUVで疾走しても、真夏なら許してくれる気がした。 冬なら17時には1日の終わりを予告するが、真夏はギリギリまで1日の終わりを太陽で隠してくれた。そのお陰で、気の知れた連中といつまで

明日からも二人(ショートショート)

咳をしても一人 明日からも二人 ◇ 一人を嘆くは、著名な俳人、尾崎放哉(おざきほうさい)。 二人を悦ぶは、隠れキリシタンの娘と神学生。 一人と二人の距離、僅か、徒歩五分。 オリーブと海風薫る小豆島。 孤独の象徴とも言える尾崎放哉、終焉の地から、目と鼻の先に恋人の聖地と化したエンジェルロードが存在している。 なんと皮肉なことだろう。 いや皮肉なことではない。 そんなもんね。 ずっと一人だと思っていた人間が、ひょんな出逢いから二人暮らしを開始する。 その一

欲しいもの(ショートショート)

夜の22時00分。スマホがクリスマスの曲を鳴らしながら震え出した。待ちに待った春も、いつの間にか晩春と呼ばれ、夏がその座を奪おうとしている。 スマホの画面には『大和』と表示されている。大和とは大学のゼミが同じだった。異性に対して一目惚れするってのと同じように、大和に一目惚れした。恋愛感情とかそういうのじゃない。一目見た瞬間に、こいつとは親友になるんだろうな、と直感が働いた。 昔からこういう直感は当たる。現にどの彼女よりも大和と過ごした時間の方が長かった。それに、どうでもい

海は青いんだっけ、桜のいろなんだっけ(ショートショート)

この物語はうつスピさんの素敵な俳句を元に創作させていただきました。 うつスピさんの句はこちら さいかいを誓った僕ら花のしま くちづけて僕・君・桜全て満つ らいせでは普通の恋を花明かり ↓ そこから物語を紡ぎました。 ◇ うみの青さを覚えているけど つらい時に見る海は真っ黒だ スピッツの春の歌が寄り添ってくれようとも、 ピスタチオと鳴く猫が必死に慰めてくれようとも さんざんな結果だ んー、これはどうしたものか。 ありがとう と君が最後に残してくれた

少女の使命 (第二回絵から小説用)

とある者たちは彼女の左半身からの景色を奪い去ってこう言った。 「彼女の目は怒りに満ちている」 またとある者たちは彼女の右半身からの景色を覆い隠してこう言った。 「彼女の目は希望に満ちている」 彼女はただそこに存在しているだけなのに。人間は自分が見たいように宇宙を創り替えてしまう。 ◇ ただそこに存在している彼女。 彼女は世界が疫病に侵されていた2022年に生まれた。 名をヘレンと言う。 ヘレンは生まれた時から“少女“だった。 肩まで伸びた黒髪がよく似合

飛ぶ夢を私も見ない(うたすと用)

晴れ渡った空って海だよね。そりゃ鯉のぼりだって間違えて空を泳いじゃうよ。 ズル、ゴロゴロゴロ、ドカン! 鯉のぼりを見上げることに夢中だったエミリは階段を踏み外して二十段下まで転がり落ちた。せっかく不倫相手と決別することができて新しい日々がスタートするはずだったのに。両脚を骨折してそのまま入院生活に突入してしまった。 様態が落ち着くまでは個室で過ごしたが、一週間経過した時二人部屋への移動を提案された。その病室を先に使用しているのが男性なのが気にはなったが、その男性も両脚を

豚男(ショートショート)

いつ人生のボタンをかけ間違えてしまったのか不明だと言う奴もいるだろう。だが俺は、鮮明に憶えている。自らの意志でボタンを掛け違えたからだ。 あれは2022年度の大学入学共通テスト。科目は国語。大問1の文章IIにこう書かれていた。 次の文章は、人間に食べられた豚肉(あなた)の視点から「食べる」ことについて考察した文章である。と。いきなり俺のことを豚肉、豚野郎呼ばわりしてきたのだ。俺はこの一文に強い拒絶感を抱いた。中高六年間、俺は周りからブタと嘲笑われ、苛められてきたからだ。周

負けたって負けじゃない(ショートショート)

春の訪れを待ち望んでいるルリビタキのヒッヒッという鳴声が微かに聴こえてきそうな次縹色の冬空の元、吾郎の心も晴れ晴れと囀っていた。なんたって今日は幼馴染の佐山と、高校卒業以来の遊園地デートだから。 吾郎の人生、負けばかり、続いていた。初めは紙一重で負けた。運動会の徒競走。数十メートル先にピンと貼られたゴールテープ。それを頭一個分の差で破ったのは双子の弟、次郎だった。惜しくも負けたが、悔しさより清々しい気持ちで一杯だった。全力を尽くして負けたからだ。しかも負けた相手が、この世で

冬の海(ショートショート)

これでやっと終わる。眼前には冬の海。波が岩壁に幾度も砕かれている。人をひとり殺すたびに俺も、ああやって砕かれていたんだろう。殺していたときは大切な人を守ることだけを考えていたから気づかなかった。だけどもう疲れた。こんな俺をも想ってくれる彼女も母さんも妹もいるのに贅沢な奴だなんて言われるんだろうな。 でもどうしようもないんだ。 後戻りできないと気づいた頃、俺の心は執念、怨念、増悪まみれの青の炎で包まれてしまっていたんだ。 この青の炎を消すことができるのは一つだけ。光だけ。

Too much(ショートショート)

心地良いとは真逆の頭の痛みと共に朝を迎えた。またやってしまった。お酒をどれだけ呑めるかが、男としての器の大きさと勘違いしてしまって、飲み過ぎてしまう。ちっぽけで空っぽな男だ、俺は。 しかも今、この瞬間だけは、もう二度とこんな失態は犯さないと決意しているのに、二週間もしたら、また同じことを繰り返しているのだろうな。なんなんだ、俺は。 どんなことでも、過度は禁物だってことは、あの時、深く学んだはずなのに。 心臓の右心房に突き刺さった、too much。 実体のある刃物で刺

成人式前(ショートショート)

夜明け前に山登りしている一行の姿は、数日温かい日が続いたせいで勘違いして咲いてしまった桜のようだ。まだ誰もが行動していない世界の中で行動していることに違和感を感じる。 なぜ僕らはこんな夜明け前に山を登っているんだろう。さっきまで成人式前の同窓会でかつての旧友達と酒を交わしていたはずなのに。 なぜこうなった。 そんなこと、思い出そうとすれば至って簡単に思い出せた。誰かが言い出したんだ。 「もう数時間したら朝になる。折角だから朝日を見に行こう」 当時からクラスの盛り上げ