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私がいまここにいる理由。

今日は二時間、私の移住中のまちである大湫町の区長会長の足立さんの話を聞かせてもらいました。

足立さんは、市役所職員だった34歳の頃、コミュニティ推進協議会を立ち上げられて、現在、67歳。なんと30年以上、最前線でまちづくりをされてこられました。その足立さんのトライ&エラーの数々、話の中で紡ぎ出されるひとつひとつの言葉が持つ力と裏打ちされた活動の歴史の重みを感じてきました。(それはまるでフルコースのメインのフィレ肉のような濃厚さで味わってきました・・・)

私は、自分の活動をはじめ、これまで多くのまちづくりというものに触れてきたと思います。だからこそ思うのですが、活動の中で「取り組みが実際どうだったのか?」という結果まで聞かせてもらえるのは、とても貴重な事です。30年やり続けた人が目の前にいて、30代の私と同じように柔軟に考え、いまもなお先導役として行動している。そう思うとインタビューしながら何度もジーンとしてしまいました。嬉しさで震えるってなかなか体験できない感覚です。

以前、そんな足立さんに対して、「このまちづくりの成果はなんだと思いますか?」という質問をしたところ、「それはいま君がここにいることだよ。」なんて冗談半分で答えてくれたのですが、そのときやはり鳥肌立ちました。そうか、私が大湫町に魅力を感じたことも、ここに移住を決めたことも、すべては必然かもしれない。むしろ色々な方にインタビューをすればするほど、そうなんだろうと納得してしまう。そう思うと、いつか私も大湫町の歴史の点になり、時代とともに自然や風景に取り込まれていけばよいなと思ったりします。

足立さんはこう言います。

中には町づくりの活動の中でやりっぱなしじゃないかという意見もある。しかし、町づくりは、そういったことの積み重ね。消えた活動もあるけれど、遺産として残ったものもある。その当時、一生懸命やったものに意味があると思う。歴史のなかでは、繋いでいきたことに、意味がある。その時代時代を紡いできた。その時代をいきてきた人が紡いできたことは評価しなくてはならない。

30年後、私は次の世代に同じことを言えるだろうかと思う。尊敬します。私も、30年後、次の世代に同じことを言っていたいと思います。

実は、今回のインタビューの取り組みは、11人の方にお話を聞かせていただきました。その中で、90歳の方からもお話を聞かせていただいたのですが、90歳の方は、20歳の頃、大湫町を住み良い町にしたいと思っておられ、その時、当時の大湫村の村長に「きみひとりでやるよりも村じゅうかかってやったらどうや」と言われ、そこから農協に入り、まちづくりをやってきたとお話聞かせていただたきました。

この町を支えて、この町に変化を起こしてきたのは、ひとりのスーパーマンじゃなく、ひとりひとりがまちづくりのヒーローだったんだなと思います。
落ち葉が折り重なって土になるように、ゆっくりゆっくり時間をかけて耕されてきた土地なんだなと思います。

そして、これは大湫町に限らず色々な町で起きていることだと思います。ただ大湫町は、山の中の集落であり、陸の孤島なので、それが切り取られ、クリアに観察できる場所なのだと思っています。

そんな大湫町にダイブしたことは間違ってなかったなと思った、本当に貴重な時間でした。忘れないようにnoteに書いておきます!

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